第四十七話:雨宮の“映像反転分析”――撮影者の視点を逆算する

翌日。

 雨宮に呼び出されたのは、大学の空き教室だった。


 授業のない昼下がり。

 窓際の光が淡く差し込む中、雨宮はノートPCを広げ、俺を手招きする。


「来てくれてありがとうございます。

 昨日の現場、すこし整理ができました」


「整理……?」


「はい。あれだけの情報でも、意外と“撮影者の視点”が逆算できるんです」


 雨宮はホワイトボードに、昨日の路地の簡易マップを描き始めた。

 その手つきは落ち着いていて、だが明らかに熱量がある。


 こういうときの雨宮は、本当に強い。


■1. 未来視の“映像”を素材として扱う


「まず、昨日あなたが見た未来視の中で――

 男性が倒れた位置。

 そして、あなたが駆け寄った位置を正確に書きます」


 雨宮は、俺が説明した未来視のシーンをすべて図に落としていく。


 俺の未来視は“映像”ではあるが、雨宮はまるで

監視カメラの素材を扱うように淡々と距離を測り、角度を出していく。


「次に、撮影者が膝をついていた位置。

 昨日の跡から推定すると……このあたりです」


 地図に×印がついた。


「木村さん、未来視の中で――

 倒れた男性の背後に、赤い光が見えたと言っていましたよね」


「ああ。階段下の非常灯だと思う」


「それが重要です」


 雨宮は線を一本引く。


「赤い光が“背景に映る”角度から考えると、

 撮影者の視点はここから“右上”方向へ向いている必要がある」


 その線は、現場の路地の隅の一点へ向かっていた。


■2. 撮影者の“真正面に近い位置”が浮かび上がる


「未来視であなたは、倒れた男性の“ほぼ真正面”に近い角度で見ていたんです。

 つまり撮影者も、あなたが未来視で見た構図に近いアングルを狙っていた可能性があります」


「……俺の未来視の構図を、そっちも真似してるってこと?」


「はい。

 “あなたの視点と、撮影者の視点がほぼ一致している”。

 これが昨日の大きな発見です」


 背筋に冷たいものが走った。


 ――俺の見た未来を、誰かが再現しようとした?


■3. 雨宮の“撮影意図”推理


「木村さん、昨日の未来視って――

 あなたが男性に駆け寄るところまで見えてましたよね」


「ああ。間違いなく」


「なら、おそらく撮影者の狙いは……」


 雨宮は図の一点を指し示す。


「“倒れる男性”と“あなた”を同時にフレームに入れることだった」


「……なんで、そんなことを?」


「そこまでは確定してません。

 ただ――この構図を狙うのは、普通の通行人ではありえません」


 雨宮の声は慎重だったが、自信もあった。


「撮影者は“あなたが現れる”ことを前提にしていた動きでした」


「……つまり俺を、待ってた?」


「可能性は高いです」


 雨宮の横顔が、普段よりも鋭い線を描いていた。


■4. 撮影者の“位置と姿勢”が完全に一致する


「そして最終的に、未来視の構図と撮影者の跡――

 両方を重ねると……」


 彼女はホワイトボードの一点を赤で囲った。


「ここです。

 撮影者は、ここに膝をついて……あなたと男性を撮影していた」


 赤い円は、階段影のすぐ脇だった。


「昨日、逃げた方向も一致します。

 撮影者は、未来視を“なぞる”ように動いていたんです」


 俺の胸がざわつく。


 未来視の構図に合わせて撮影?

 俺の動きを知っていた?

 最初から“未来通りになる瞬間”を待っていた?


 雨宮はPCに視線を落とし、静かに言った。


「……木村さん。

 撮影者はあなたの未来視を“信じている人”です」


 その言葉に、喉が鳴った。


 信じている――だから、確かめに来た?

 それとも、利用しようとしている?


■5. 雨宮の結論:撮影者の目的に近づく


「ただし、現時点の推測はひとつ」


 雨宮はノートPCを閉じて俺を見る。


「撮影者は、“仮面の予知者”が本物かどうかを確認するために行動しています。

 ……それも、かなり執拗に」


「俺が、本物か確かめるために?」


「はい。そして――」


 雨宮は息を吸い、慎重に言葉を選んだ。


「あなたの能力の“仕組み”を知りたがっているように見えます。」


 能力の仕組み……?


 ぞくり、と背骨を冷たいものが走った。


「まだ断言できません。

 でも、その可能性が高いです」


 雨宮は手を握りしめる。


「木村さん、私はあなたを守ります。

 それがマネージャーとしての役目です」


 言葉が胸に刺さるように、温かかった。


 でも――撮影者が求めているのは何だ?

 俺の未来視の仕組み?

 再現性?

 それとも――俺自身の正体?


 分からないまま、空気だけが重くなっていく。


■章末:撮影者の目的の“影”が濃くなる


 雨宮はホワイトボードを見つめながら言う。


「……この人、次も必ず動きます。

 未来視が本物なら、なおさら」


 未来を知ろうとする誰かと、未来を見てしまう俺。


 その交差点が、もうすぐ来る。

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