第四十三話:撮影者の“次の動き”――推理と未来視の照合

 雨宮の部屋は、落ち着いた色合いの照明に包まれていた。

 机の上に広げられたノートPCには、SNSのログと撮影者のコメントが並んでいる。

 俺は隣で未来視の後遺症のような微かな頭痛を抱えつつ、雨宮の説明を待っていた。


「撮影者が次に動くとしたら――三つの可能性があります」

 雨宮は静かに口を開いた。


「三つ?」


「はい。どれも“あなたを観測するための行動”です」


■1)現場への回帰


「まず一つ目。

 また事件が起こりそうな“現場”に先回りすること。」


「……俺と同じ動きじゃないか」


「はい。

 あなたが何かを“予測して動くタイプ”だと理解したからこそ、なおさら現場に来るでしょう。

 そこで“あなたがどう動くか”を観察するために」


 雨宮は地図を開き、前回の現場を指でなぞる。


「撮影者はあの場所に非常に慣れた動き方をしていた。ルートの把握も早い。

 つまり――あそこは“活動圏内”です」


「活動圏内……」


「あなたを追う側は、あなたと同じ場所に来るほうが合理的です」


■2)ネット上での接近


「二つ目。

 ネット上でのアプローチを強める可能性」


「例えば?」


「DM、鍵アカウント、裏垢での接触。

 あるいは、あなたの正体に気づいた人間を“観察”し始めるかもしれません」


「……怖いな」


「大丈夫。

 だから私が“マネージャー”になったんです。

 ネットの動きは全部監視します。あなたは未来視に集中してください」


 さらりとそう言う雨宮に、俺は息をのみつつも、少し救われた気がした。


■3)“未来の事故そのもの”を狙う


「そして三つ目。

 未来の事故そのものを撮りたいという欲求が強まる可能性です」


「それ、前にも言ってたやつか」


「はい。ただし――ここが大事なんですが」

 雨宮の声色が変わった。


「撮影者は“実際に倒れる人”よりも、“あなたが現れた瞬間”に興味を持っている。

 だから――あなたが現場にいる事故を探そうとするでしょう。」


 その言葉は、胸の奥に重く落ちた。


「つまり、俺の予知が“撮影者を呼ぶ”ってことか」


「はい」

 雨宮は迷いなくうなずく。


「だから、あなたがどの未来を見たかという情報は、慎重に扱わなければいけません」


■未来視との照合


「……じゃあ、実際に未来視を使ってみるか」


「ええ。ただし、無理はしないでください」


 雨宮が俺の方をちらりと見た。

 気遣いが痛いほど優しい。


 深呼吸して、百円玉を机に置く。

 カラン、と音がして視界が揺れた。


 ――夜。

 アスファルトに薄い街灯。

 細い路地。

 階段の影。

 倒れる誰か。

 走り寄る自分。そして――


 赤い光。

 赤いライトがこちらに向けられている。

 スマホ。

 撮影している誰か。

 角度は低い。

 隠れている位置は――階段下。


「……見えた」


「どこですか?」

 雨宮の声が緊張を帯びる。


「前回の路地と……似てる。でも違う。もっと奥まった場所。階段の横だ」


「階段の横……」

 雨宮はノートPCに向き直り、路地の構造を調べ始める。


「赤い光……スマホの録画ランプか何かでしょうね。

 つまり、あなたの未来予知の現場に“確実に来る”という意思表示です」


「たぶん……そうだ」


■未来と推理の一致


 雨宮は数分間集中し、画面に数カ所マーキングをつけた。


「見つけました。

 ここです。撮影ポイントになりえる“階段横の影”があるのは、この路地だけ」


「ここ……」


「あなたの未来視と、撮影者の動機、そして地形。

 全部合わせると――撮影者はこの場所に現れます。」


 その言葉に、背筋が冷たくなる。


「俺を……撮るために?」


「はい。

 あなたの能力の“本物らしさ”を、もっと鮮明に。

 もっと間近で。

 もっと正確に。」


 雨宮は深く頷き、そして俺を見る。


「……次に動くのは撮影者です。

 そして、あなたが動けば――必ず向こうも動く」


 その構図は逃れようのない罠のようだった。


■雨宮の結論:二人で動く


「だからこそ、次の現場には私も行きます」


「雨宮?」


「あなたを守るためでもありますし……

 撮影者が何者なのか、知る必要があります」


 いつもの落ち着いた表情のまま、しかしその瞳には凛とした強さが宿っていた。


「予知と推理、両方を使えば“未来の現場”で優位に立てます。

 一人で背負わせません」


 心臓が強く鳴った。


「雨宮……ありがとう」


「こちらこそ。

 一緒に終わらせましょう、“撮影者”の謎を」

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