第四十二話:雨宮との緊急会合――“撮影者”の正体と目的の推測

 夜の駅前カフェは、閉店前の静けさに包まれていた。

 客はまばらで、店員の声も遠い。

 俺と雨宮は向かい合って座り、テーブルの上にはスマホの光だけが淡く揺れていた。


「……本当に、送られてきたんですね」

 雨宮はコメントのスクリーンショットを見つめながら、眉を寄せた。


「ああ。悪ふざけって感じじゃない。完全に、俺を見てる」


「“覚えました”……“また会えますよね”……これは明確な接触意思です。しかも――あなたの動きを観察したという文言がある」


 雨宮の声は穏やかだが、鋭さを帯びていた。


「撮影者の目的って何なんだろうな。未来の事故を撮りたいだけじゃ、こうはならない。むしろ……俺のほうを狙ってる」


「はい。そこが鍵です」


 雨宮は姿勢を正し、指先でスマホ画面をトントンと叩く。


「まず、事実を整理しましょう」


■雨宮の整理①:撮影者は“倒れる瞬間”ではなく、主人公を待っていた


「被害者が倒れる瞬間に偶然通りかかったというより――

 “あなたが現れるかどうか”を確かめるために、あの路地にいた可能性のほうが高いです」


「……やっぱり、そう思うか」


「あなたの配信を見て、“未来が変わる瞬間”を実際に見たいと思ったのか……

 それとも、“予知者という存在が本当にいるのか”確認したかったのか」


 雨宮の瞳は静かに光っていた。

 怖がるのではなく、真剣に思考している。


■雨宮の整理②:撮影者は主人公の正体を探っている


「コメントの文調、語彙の癖、投稿時間……全部統計を取ると、かなり落ち着いたタイプの人間です。

 衝動的ではなく、“観察者”。」


「観察者……?」


「はい。あなたの行動を一度見て――興味を深めた。

 それで次のステップに進んだんだと思います」


「次のステップ……って?」


 雨宮はためらいなく言った。


「あなたの正体に近づくことです」


 喉が渇いた。


「そんな……簡単に分かるものかよ」


「あなたの活動は匿名ですが、未来予知の精度の高さと、“現場に現れるタイミングの正確さ”は異常です。

 普通の人なら偶然だと片づけるでしょうけど……」


「撮影者は違う、ってことか」


「ええ。彼は“偶然ではない”と確信している。そして、その理由を知りたい」


■雨宮の整理③:撮影者の目的は“予知者との接触”


「撮影者は、未来の事故にも、倒れる人にも興味は薄いと思います。

 彼が見ているのはただ一つ――あなたです」


 雨宮はそこで、少しだけ声を落とす。


「……あなたの力を、確認しようとしている」


「俺の力?」


「未来を“見ている”のか、それとも別の方法なのか。

 再現性があるのか、本当に予知なのか……」


 雨宮はページをスクロールしながら言う。


「“もっと鮮明に撮りたい”という言葉。

 これは写真の話ではなく――“あなたの能力の正体を撮りたい”という意味に読めます」


「能力の……正体……?」


 背中が冷たくなった。


■雨宮の整理④:撮影者は危険人物ではないが、好奇心が異常に強い


「ただし、一つ言えるのは……

 撮影者は“悪意”より“探求心”が強いタイプです」


「探求心?」


「はい。あなたを傷つける目的ではありません。

 ただ、あなたという存在そのものに――異常なほど魅入られている」


 雨宮は淡々と結論づける。


「撮影者は、仮面の予知者という現象そのものを理解したいんです。

 あなたの秘密に触れたい。

 だから接触しようとしている。

 危険なのはその執着の深さです」


 言葉の重さが胸に沈んだ。


■雨宮の提案:ひとりで背負う必要はない


 沈黙のあと、雨宮は静かにスマホを伏せた。


「……あなた一人では危険です。相手はあなたの正体を探ろうとしている。

 予知能力を持った人間なんて、普通なら到底信じないはずなのに、この人だけは“本物だ”と悟ってしまった」


「雨宮……」


「だから、これからはもっと慎重に動かなきゃいけません。

 むしろ、あなたは未来を変えようとして忙しいのに、ネット対策や安全管理まで全部背負うなんて無理ですよ」


 雨宮は一呼吸置いて、真正面から俺を見る。


「……だから言ったでしょう。

 私があなたの“マネージャー”になりますって。

 これはそのための会合なんです」


 言い方はふわりと優しいが、その瞳に冗談は一つもない。


「撮影者の分析は、私が続けます。

 ネット上の動きも全部拾います。

 あなたは未来視に集中するべきです」


 重かった胸の空気が、わずかに和らいだ。


「……ありがとう」


「いえ。私も、あなたを守る理由ができましたから。

 “仮面の予知者”は私の担当ですからね」


 その頼もしさは、恐怖をほんの少し溶かしてくれた。

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