第四十一話:撮影者の影――ネットに浮かぶ“もう一人の視線”

 事件のあった路地を雨宮と別れ、家へ戻った俺はベッドへ倒れ込んだ。

 倒れる未来を変えられた安堵と、身体に残る重い疲労がじわじわと混ざり合う。


 だが、胸の奥にはひとつだけ取り残された疑問が残っていた。


 ――あの撮影者は何者だったのか。


 助けたフードの男よりも、視線の先はずっとそちらに張り付いたままだった。


 「撮られるのが怖い」と怯えていた被害者。

 そこへ“倒れる瞬間”だけを狙うように現れた撮影者。


 あれは偶然ではない。

 まるで何かを確かめに来たかのようだった。


 そう思い返していると、突然スマホが震える。


 ――通知が、異様に多い。


 何が起きたのか恐る恐る開いてみると、見慣れたはずのアイコンが嫌な光を放っていた。


仮面の予知者(俺のアカウント)へのコメント:100+


「……は?」


 まだ配信もしていない。

 何かを投稿した覚えもない。


 なのにコメント欄はすべて同じ文字列を繰り返していた。


《今日の路地にいましたよね?》

《倒れた人、助けてましたね》

《あれ、興味深かったです》


 心臓が跳ねた。


 “今日の路地”。

 “倒れた人”。

 “助けてた”。


 完全に、見られている。


 そして――注目されている。


 嫌な汗がにじむ。

 さらにスクロールすると、背筋が凍った。


《あなたの“動き方”、覚えました》

《また近いうちに会えますよね》

《次は、もっと“鮮明に”撮りたい》


 まるで暗闇から囁かれているような、生々しい文字列。


 撮影者だ。

 間違いない。


 フードの男ではなく、カメラを持っていた“あの男”。


 ――なぜ俺のアカウントを知っている。


 ――なぜ俺を撮ろうとする。


 その理由が分からない。


 たまらず雨宮にメッセージを送る。


《事件の撮影者から、何か来てない?》


 返事は早かった。


《来てません。どうしたんですか》


 ためらったが、隠しても危険だと思った。

 コメントのスクショをそのまま送る。


 既読がつき、すぐ返ってきた。


《……これは》

《明らかに、あなたを狙ってます》

《“倒れる未来”ではなく、“仮面の予知者”を》


 俺の背中を冷気が這い上がる。


 そう。

 撮影者は倒れる人間を助けることにも興味がなかった。


 “倒れる瞬間”よりも――

 その場に現れた“俺の動き”を見ていた。


 そして、確かめた。


 仮面の予知者が、本当に存在するのか。

  本当に未来を知っているのか。


 だから今日の路地にいた。

 俺が現れるかどうか、確認しに。


 だからコメントに“覚えました”と書いた。


 俺の姿を。

 俺の反応を。

 未来を変えた“瞬間”を。


 雨宮から、短く鋭いメッセージが届く。


《すぐ会えますか? 今夜か、明日の朝でも》

《これは危険です。次は何を撮られるか分かりません》

《あなたの身を守る準備をしないと》


 喉がきつく締まった。


 未来予知で誰かを救うことの責任とはまた別の――

 もっと原始的な恐怖が、静かに足元から染み上がってくる。


 撮影者のコメント欄に、もう一つ書き込まれていた。


《あなたの正体、もう少しで分かりそうです》

《仮面の予知者さん》


 目が離せなかった。


 そして確信する。


 目的は――未来じゃない。

  “予知者本人”だ。


 撮影者の視線は、事件でも被害者でもなく、

 俺の未来にも、俺の救済にも傾いていない。


 ただ“仮面の予知者”そのものを探している。


 その意図は読めない。

 だが、好奇心とも執着とも違う、不気味な熱を感じる。


 だからこそ、雨宮に会おうと思った。

 ひとりでは抱えきれない。


 部屋の窓の外で、風が鳴る。


 まるで、暗闇のどこかに

 撮影者がすでに潜んでいるかのように。


 仮面の予知者は、もう匿名ではいられない――

 その気配がひしひしと迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る