第四十四話:現場前夜――未来視の再確認と、雨宮の作戦立案
夜の空気は、季節外れに冷たかった。
俺と雨宮は大学近くの小さなファミレスの個室席で向かい合っていた。
店のざわめきは遠く、ここだけが深夜の避難所のように静かだった。
「……じゃあ、未来視をもう一度お願いします」
雨宮はノートPCを開いたまま、柔らかく口を開いた。
「無理のない範囲で、でいいです。
ただ、できれば“撮影者の位置”をもう少し確認したい」
「わかった。やってみる」
百円玉を指先で弾く。
落ちる、転がる、その瞬間に視界が揺れ――
■未来視:夜の路地、階段横の影
――夜。
湿ったアスファルト。
細道の奥の階段。
その横にある影の溜まり。
遠くで靴音。
倒れる誰か。
駆け寄る自分。
そして――
スマホの赤い録画ランプ。
階段の下で、誰かが“低い姿勢で撮っている”。
鮮明だ。
未来視の中に混じるノイズもない。
これは、変わらない未来。
目が覚めたように意識が戻ると、雨宮が心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……なんとか。見えた」
「教えてください」
「階段の下。死角になる位置に、スマホの録画ランプ。
撮影者は……次も来る。間違いなく」
雨宮は淡々と聞き取りながら、すぐに地図を開き、階段の図面に印をつけた。
「……ここですね。やっぱり。
光が見える位置、角度……全部一致します」
「影の中に隠れて、俺たちを撮るつもりなんだ」
「“あなたの動き”を、です」
雨宮は目を伏せて続ける。
「未来が本物であるかを、確かめたい。
だから記録を取る。論理的な行動です。
ただ――危険もあります」
「危険?」
「撮影者は、あなたに接触しようとする可能性が高い。
未来視が確実であればあるほど興味を持つ。
あなたの素性を知ろうとするでしょう」
雨宮はノートPCを閉じ、ゆっくりと俺を見る。
「だから、作戦を立てます」
■雨宮の作戦立案
雨宮は紙とペンを取り出し、手早く三つの項目を書き出した。
「まず、明日の動きはこれです」
① 未来視の現場確認
「未来視の場所に、私たちは予定より早く着きます。
撮影者より先に、現場の構造を確認したい」
「早く?」
「はい。あなたが現れた瞬間を撮りたいなら、撮影者は“ギリギリの時間”を狙うはずです。
なら、こちらが先に入れば有利です」
② 撮影者の視野に入らない位置を確保
「階段の横の影は、撮影者が姿を隠すには最適です。
しかし逆に言えば――そこに“罠”を仕掛けられます。」
「罠って……まさか捕まえる気か?」
「捕まえるというより、“動けなくする”ぐらいです。
例えば後ろから私が話しかけるとか」
「いや、それは危なくないか?」
「あなたを危険にはさせません」
雨宮はきっぱりと言い切った。
③ 主人公の未来視で“決定打を確認する”
「最後に、あなたの未来視です。
明日の直前にも、もう一度見てください。
時間、位置、倒れる人の姿勢――可能な限り精度を上げたい」
「そんなに何度も見て大丈夫かな……」
「大丈夫じゃなくても、私が支えます」
雨宮は迷いなく言う。
あまりにも自然に言うものだから、一瞬だけ胸が熱くなる。
■雨宮の本心
「……あなたは、未来を“変えようとして動く人”です」
雨宮の声は静かな強さを含んでいた。
「だから、撮影者からすれば最高の研究対象なんでしょうね。
でも、私はあなたを“観察される側”にしたくない」
「雨宮……」
「ネットも、撮影者も、全部私が見ます。
あなたは――あなたにしかできないことをして下さい」
雨宮は少しだけ目を細める。
「明日は、大事な日になります。
二人で必ず乗り越えましょう」
その言葉に、胸の奥の緊張が少し解けていくのを感じた。
■現場前夜の決意
外に出ると夜風が強かった。
街灯が滲んで見える。
雨宮は制服の袖を押さえながら、静かに言った。
「……今日のうちに、しっかり休んでください。
明日は未来と撮影者の両方を相手にしなきゃいけませんから」
「雨宮もな。あんまり無茶すんなよ」
「あなたが無茶するなら、私もします」
「……そういう意味じゃなくて」
雨宮は少しだけ笑った。
「わかっています。
でも、大丈夫。
私はあなたの“マネージャー”ですから」
その言葉は、不思議なほど心を軽くした。
こうして、前夜は静かに更けていく。
そして――明日、未来視で見た場所で、撮影者と向き合うことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます