第二十四話 静かな転輪
雨宮は、その日の夕方に病院へ向かった。
俺は大学近くのベンチに座り、
携帯を握ったまま固まっていた。
(……どうなってるんだろう)
未来の映像が脳裏に張りついたまま離れない。
息を吸うたび、胸が重く沈む。
そのとき、軽い震動。
スマホが震えた。
――雨宮からだった。
『いま少しだけ話せる?』
『もちろん』
すぐ返信すると、電話がかかってきた。
■病院での相談
「……あの、聞こえる?」
「聞こえるよ。どうだった?」
雨宮は少し深呼吸してから話し始めた。
声は震えていない。
むしろ、覚悟の固さがにじんでいた。
「先生に……母の急変の可能性について聞きました。
“絶対にないとは言えない”って」
「……そうか」
「でもね。
急変が起こるとしたら、どう対処するか、
具体的に話し合えました」
雨宮の声に、少し光が差した気がした。
「今までは、急変時は“標準的な手順”で進む予定だったけど……
今日相談したことで、“追加の検査”と“即座に呼び出しが行われる連絡手段”を
明日から取り入れてくれるって」
(……変わった)
未来が――
雨宮の行動によって、確実に変わろうとしている。
「さらに……当直の看護師さんにも母のケースを共有してくれるらしい。
もし夜に何かあっても、すぐに対応できるようにって」
「すごいな……雨宮。
それって……未来が良いほうに動いてるかもしれない」
沈黙があったあと、
雨宮は少し照れたように笑った。
「えへへ……。
でも、私だけじゃないよ。
あなたが“見えたこと”を言ってくれたから。
それがあったから、私は動けたの」
胸の奥が強く締めつけられる。
(……俺が言ったから雨宮は覚悟を決めた
俺が言わなかったら、彼女は何も知らずに母を失っていたかもしれない)
責任と同時に、
少しだけ救われる気持ちがあった。
■雨宮の決意
「……もし急変が起きてもね」
雨宮の声が、電話越しに静かに響いた。
「“助かる未来がある”って分かったから……
私は絶対に間に合わせる。
今日、先生にもそう言ったんだ」
強い。
雨宮は、もう迷っていない。
その強さが逆に怖かった。
もしもの未来を想像してしまう。
(だからこそ、もう間違えちゃいけない)
予知を使うたび、俺の選択は誰かの人生に影響する。
それが怖い。
でも――逃げられない。
■雨宮の最後の言葉
「……ほんとにありがとう。
私、少しだけ、心が軽くなったよ」
「良かった……」
「明日も病院に行くから、また連絡するね」
「うん。いつでも」
「じゃあ、また学校で」
通話が切れた。
スマホを握ったまま、
しばらく動けなかった。
(……“未来は変えられるかもしれない”)
その事実は希望で、
同時に恐怖でもあった。
変えられるということは――
変えてしまう責任を背負うということだからだ。
夕方の風が、
静まり返ったキャンパスを吹き抜けた。
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