第二十二話 告げるべきこと、告げてはならないこと
夕方。
大学近くのカフェに、雨宮は一人で座っていた。
店内には静かなBGMとコーヒーの香り。
だが彼女の表情は、落ち着きから程遠いものだった。
俺と透子が入ると、
雨宮はぎこちない笑みを浮かべて手を振った。
「急に呼び出してごめんね……」
「いや、大丈夫。こっちこそ」
「……それで」
雨宮は両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「今日の検査……
主治医の先生に“少し不安定になっている”って言われて……
なんか、嫌な予感がして……」
その言葉が胸に刺さる。
(……もう、予知と現実が重なり始めている)
俺の中で警鐘が鳴る。
だが――
だからこそ、慎重にならなければいけなかった。
あの未来は“確定じゃない”。
伝え方次第で、人を壊す。
雨宮は覚悟したように顔を上げた。
「……見えたんですか?
昨日みたいに……なにか未来が」
透子が横で息を呑む。
(来た……この質問を避けることはできない)
嘘はつけない。
だが全部を言えば、彼女を追い詰める。
俺はゆっくりと答えた。
「……少しだけ、見えた」
雨宮の肩が震える。
「お母さんの……こと?」
「そうだ」
彼女の瞳に涙が浮かぶ。
でもその顔は、逃げずに“真実”を求めていた。
■どこまで言うべきなのか
胸が痛む。
言葉を選ぶだけで、呼吸が苦しい。
「雨宮。
俺が見た未来は……“一つの可能性”だ。
絶対じゃない」
「でも……」
「それでも言うなら――
近いうちに、お母さんの病状が
“一時的に悪化する未来”が見えた」
雨宮の喉がつまる。
「……一時的、ですか?」
「そう。
俺には“その先”は見えていない。
悪化したあと、どうなるのか……
回復するのか、危ないのか……
そこまでは分からない」
これは嘘ではない。
俺が見たのは“急変の瞬間”だけだ。
雨宮はゆっくりと息を吐き、
涙を指で拭った。
「……じゃあ……
まだ、助かる未来も……あるんですよね?」
「ある。
はっきり言えるのは、それだけだ」
雨宮の手が震えていた。
だけど――
その震えは、昨日よりも“希望を求める震え”だった。
■雨宮の願い
雨宮は唇を噛んで、必死に言葉を紡ぐ。
「……お願いがあります」
「……うん」
「もし、また未来が見えたら……
お母さんのこと……
何でもいいから教えてください。
どんな些細なことでも……
悪いことでも……
全部、知りたい」
俺の胸が熱くなる。
(こんなの……重すぎるだろ)
でも――
雨宮は震えながらも、必死に耐えていた。
「怖いです。
怖くて……どうにかなりそうで。
でも……知らないまま何かが起きる方が、もっと怖いんです」
涙を止められない表情で、
それでも彼女は前を向いていた。
透子が横で小さく呟く。
「……強い人だね」
「うん……」
俺は答える。
「分かった。
雨宮……俺が見た未来は、全部伝える。
だけどひとつだけ、約束してほしい」
「……約束?」
「“ひとりで抱え込まないこと”。
俺も透子もいる。
病院の先生も、家族もいる。
未来を知るってことは重い。
だから……絶対に、ひとりで潰れないでほしい」
雨宮は涙をこらえながら、何度も頷いた。
「……ありがとうございます。
本当に……ありがとうございます」
その瞬間だった。
また、あの感覚――
軽いめまいと、視界の奥で光が揺れた。
(……嘘だろ。こんなタイミングで?)
未来予知が始まる。
雨宮と向き合った、この場で。
透子が俺を見て表情を変える。
「……また?」
俺はテーブルに手を置いた。
「雨宮……
今、未来が――」
白い光が視界を覆う。
見えてしまう。
雨宮の母の“次の未来”が。
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