第十三話 反未来実験

 未来の誘導に抗う――

 その言葉は自分で考えたはずなのに、どこか他人事のように響いた。


 未来予知は“次の百円で三相が見える”と言った。

 だがそれを受け取るかどうかは、あくまで俺の自由だ。

 だとしたら、逆に“未来に逆らうための百円”もあり得るはず。


(見せたい未来を拒否してやる……)


 そう考えたのが、反未来実験の始まりだった。


 机の上に百円玉を三枚並べる。

 ひときわ冷たい蛍光灯だけが部屋を照らした。


■実験①:目的を持たずに使う


 ――普段は、何らかの疑問を持って百円を払っていた。

 試しに今回は、問いを持たずに百円を握りしめる。


(さあ……何を見せてくる?)


 軽く息を吸い、百円を投じた。


カチリ。


『――君が“目的のない百円”を使うのは、これで三度目だ』


 思考が一瞬止まった。


「……三度目? 今が一度目だろ」


 脳がざわつく。


 俺はまだ一度しかやっていないのに、未来は“三度目”と言った。

 しかも、声のトーンが妙に落ち着いていた。


(未来が……俺の記憶を上回ってる?)


 背筋が冷たくなる。


 映像はすぐに途切れ、ヒントは一切なかった。


「……記録が食い違ってる。未来予知のログを取る必要があるな」


 俺は手帳を取り出し、今の予知内容を淡々と書き留めた。


 書く手が少し震えていた。


■実験②:未来の推奨行動を無視する


 未来が“こう動け”と指示してくることがある。

 なら、それを徹底的に無視してみる。


 百円を握る。


(今回は……“見せられた行動”を絶対しない)


 そう強く心に決めて投じる。


カチリ。


『――明日、君は“左の道を選ぶべきだ”。

 右に行けば安全だと思うだろうが、それは錯覚だ』


 未来予知が“左へ行け”と言った。

 なら、俺は絶対に行かない。

 この映像が本物かどうか、確かめてやる。


(未来の誘導をぶっ壊す……)


 念のため、翌日家を出て同じ分岐点に立った。

 右に行けば明るい通り。

 左はやや陰のある道。


 未来は左と言った。

 なら、俺は右に行く。


(安全じゃなかったら……どうなる?)


 一歩踏み出す。

 何も起こらない。

 二歩、三歩――


 静寂。


 未来の映像は嘘だったのか?

 肩の力が抜けかけた瞬間。


――背後で犬の吠える声。

――突然のクラクション。

――遠くから救急車のサイレン。


 どれも些細な街の音に過ぎない。

 だが、なぜか耳に刺さるように生々しい。


(……全部、俺を振り向かせる音じゃねえか)


 左の道へと戻らせようとする“偶然”が連続している。


 急に呼吸が速くなった。


(未来……俺が逆らうと、世界の方が合わせてくるのか?)


 そのまま右の道を歩き続けると、異様な倦怠感に襲われた。

 まるで体そのものが“ここは予定されたルートじゃない”と訴えてくるようだった。


 それでも俺は進む。


 結果、特に事故も怪我もなかった。


 だが――

 家に戻った瞬間、スマホの通知が鳴った。


「……あ?」


 画面にはたった一行。


『左の道は、もう塞がれた』


 鳥肌が立った。


 送信者は不明。

 履歴にも残らず、確認しようとした瞬間に通知は消えた。


(未来予知……お前、どこまで介入してくるんだよ)


■実験③:未来を出し抜く


 次は、未来の予想外の行動をしてみる。


 たとえば――

 百円を使った瞬間に、別の百円を使う。


「同時二重予知……これでどうだ」


 右手に百円。

 左手にも百円。


 まず右手の百円を握りしめて――


カチリ。


『――次の百円で“真相”を見る。覚悟しろ』


 映像は相変わらず意味深だ。


 間髪入れず、左手の百円を握る。


カチリ。


 その瞬間、視界が白く塗り潰された。


 ノイズの海。


 世界が裂ける音。


 映像なのか、幻覚なのか分からない。

 ただ、無数の“未来の破片”が乱雑に流れ込んできた。


 全てがバラバラで、一貫性がない。

 だが、とにかく一つだけはっきりしている。


『未来は、お前に二回連続で予知されることを想定していない』


 そんな声が、直接脳に響いた。


 そして――


 意識が戻ったとき、手の中の百円は全部消えていた。


「……奪われた?」


 床にも机にもどこにも落ちていない。

 まるで最初から存在しなかったように。


 胸の奥がざわざわと揺れる。


(未来、怒ってる……?)


 そう思った瞬間、部屋の蛍光灯が軽く瞬いた。


 まるで未来が“見せたいものを見せろ”と言っているように。


「……クソが」


 つぶやき、深呼吸する。


 ひとつだけ分かった。


未来は万能じゃない。

だが、俺の行動に合わせて“調整”を始めた。


 もしもこのまま抵抗を続ければ――

 未来と俺の“どちらが先に折れるか”の勝負になる。


 二度と戻れない場所まで進んでしまった実感が、じわじわと胸に染みていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る