第十二話 選択する者と選ばれる者

息を大きく吸い込み、俺は現実に戻ってきた。

 部屋は同じ。

 家具も同じ。

 壁も天井も、何も変わっていない。


 だが――

 世界の見え方だけが変わっていた。


(観察……?

 未来が……俺を?

 そんなバカな……)


 常識が崩れる音が聞こえた気がした。


 しかし今日一日の未来予知の挙動を思い返せば、理屈は通っていた。


・必要な情報だけを見せる

・危険回避を誘導する

・未来が途切れる

・“真相”を隠し、段階的に提示する

・最後は“選択”を迫る


 それはまるで――


未来がストーリーを進めているかのようだった。


(俺が主人公なんじゃない……)


 思考がそこに辿り着いた瞬間、寒気が背中を走る。


(俺は……“観測対象”なんだ)


 未来に選ばれた人間。

 未来が観察するために、百円という“契約”を通じて接触してきた。


 だとしたら――


「この百円玉は……」


 机に並ぶ硬貨たちは、ただの金属ではない。

 未来に“アクセス”する鍵だった。


 そのことに気づくと、百円玉の銀色がやけに不気味に光って見える。


(ここから先は……本当に戻れないのかもしれない)


 未来は問いかけた。


 ――君はどうする?


 逃げれば未来は固定される。

 向き合えば未来は変わる。


 それが俺に課された役割らしい。


 喉の奥が乾いて、声が出にくい。

 だが、答えは初めから決まっていた。


 逃げるつもりはない。


「……やってやるよ。

 観察されるだけの存在なんて、まっぴらだ」


 未来が見ているなら――

 俺は、未来を裏切って見せる。


 テーブルの上の百円玉をひとつ、ゆっくりと手に取る。


 その瞬間――

 部屋の空気が、わずかに震えたような気がした。


 未来が、俺の次の選択を“待っている”。

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