第十四話 キャンパス実験
翌朝、まだ少し頭痛が残っていた。
未来に逆らった疲労なのか、二重予知の反動なのか分からない。
だが、大学には行く。
――実験のために。
(ここなら、人はいる。だが……関わらなくて済む程度の“背景”だ)
無関係な雑踏の中で未来を試す。
それがこの章の目的だった。
講義棟へ向かう道を歩きながら、俺は最初の百円玉を取り出す。
前より僅かに重く感じるのは、気のせいじゃないだろう。
■実験④:雑踏で未来予知はどう反応するか
(人工的な情報ノイズの多い場所で、未来はちゃんと“俺だけ”を見てくるのか?)
そういう疑問があった。
深呼吸して、百円を握る。
カチリ。
『――三階の教室に入るな。
それ以上は言えない』
未来はやけに断片的で、そして妙に切迫していた。
(入るな……ね)
講義棟には三階の教室がたくさんある。
単に避けろと言われても困るが、逆に好都合だ。
この情報が真実なら、何かが起きる。
嘘なら、ただの脅しだ。
(確かめる価値はある)
エントランスを抜け、階段を上る。
廊下では学生たちの雑談や足音が響いていたが、それらはすべて遠くに感じた。
三階に足を踏み入れた瞬間、妙なざわつきが胸に広がった。
(……気のせいだ)
未来の誘導を拒否するため、もっとも近い教室へ向かう。
その扉に手をかけた瞬間――
内部から“何か重いものが倒れた音”が聞こえた。
「……あ?」
ドアを開ける。
だが中は静かで、いつもどおりだ。
誰もいない教室。
倒れた物などどこにもない。
(……誘導のための幻聴か?)
ぞくりと背筋が冷えた。
未来が見せるのは未来だけじゃない。
必要とあらば“音”すら操作してくるのか。
「……じゃあ、次」
俺は別の教室に入る。
そこでも何も起きない。
残り一つ。
未来が“絶対に入るな”と言った教室は、直感的に分かっていた。
廊下の突き当たりの、一番奥。
扉の前に立つと、心臓が早鐘のように鳴った。
(行くべきじゃない……そう思わせようとしてる)
それが誘導なのだ。
ここで引き返せば、負ける。
意を決して、ドアを開けた。
■結果:教室は空っぽ
拍子抜けするほど何もなかった。
机も、椅子も、黒板も、いつものまま。
誰もいない。
「……これが“入るな”の理由?」
一歩踏み出した瞬間だった。
教室の奥の影が、ゆっくり揺れた。
風もないのに、カーテンがふわりと動く。
いや……カーテンじゃない。
光の当たり方が変わっただけ。
そう思おうとしたが、脳が拒否した。
(……見られている?)
視線のような感触が背後から刺さる。
振り向くが誰もいない。
未来予知の“誰かの気配”に似ている。
だが犯人はここにはいない。
未来そのものが、この教室を“監視している”。
「……なるほど。ここが中枢のひとつってわけか」
根拠はない。
だが、そういう“確信”だけは奇妙に強かった。
■実験⑤:未来の誘導を逆手に取る
俺はあえて、黒板に近づく。
未来が嫌がる行動を、徹底的に取るためだ。
(ここに“真相への鍵”があるんだろ?
だったら触れてやる)
黒板に手を伸ばすと――
床がかすかに揺れた。
地震ではない。
校舎全体が震えたわけでもない。
この教室「だけ」が、微かに震えた。
未来が抵抗している。
黒板の縁に、細い白い線が刻まれていることに気づく。
指でなぞる。
その瞬間――
パチッ。
静電気のような刺激が走った。
だが痛みとは違う。
(……映像?)
視界に、断片的な未来が一瞬だけ走った。
黒板を触る俺。
別の角度からこちらを見つめる“何か”。
その奥で、黒い影が笑っている。
ただし“笑い声”だけは聞こえなかった。
――世界が、こちらを見ている。
そんな感覚が背中にまとわりつく。
「……未来。お前が嫌がる場所は、まだ他にもあるな」
黒板の上の線は、まるで「どこかへ繋がる地図」のように見えた。
■退室後
三階の空気は先ほどより冷たかった。
教室を出てからも、背後を見られている感覚が消えない。
未来は、明らかに俺の行動に反応している。
(怖い……だけど、進むしかない)
自分にそう言い聞かせながら、百円玉を握りしめた。
すると手の中で、百円玉が“震えた”。
まるで――
「次の予知をしろ」と圧力をかけてくるかのように。
だが俺は、わざと無視してポケットにしまった。
(未来……お前の誘導には、簡単には従わない)
廊下の端に小さな影が落ちていた。
それは人影ではなく、形容しがたい、曖昧な“ゆがみ”だった。
誰も気づかず、俺だけが見えている。
その事実が、胃の奥を冷たく締めつける。
(次は……どの実験をする?)
ひとりの大学生が、静かなキャンパスで未来と戦っていた。
誰にも気づかれずに。
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