第五話 未来が沈黙するとき

ロータリーへ向かう足が止まらない。

 夕焼けが沈みかけているのに、胸の奥だけは真冬みたいに冷たい。


(未来が……見えなかった)


 百円を払っても、何も映らない。

 “重大な未来ほど映る”という法則があるなら、本来なら最も鮮明に見えるはずだ。


 なのに沈黙。


 これは何を意味するのか?


(……未来が“定まってない”のか?)


 未来予知が映らない状況。

 あり得るのは二つ。


 一つ、俺の能力の範囲外の何かが起きる未来。

 もう一つ、俺自身が未来を見る前に動くから未来が変動し続けている。


 どちらにせよ、不気味だ。


 ロータリーに着くと、人影がまばらに見える。

 だが誰の顔も認識しないように、わざと視線を逸らした。

 自分以外の存在を、なるべく登場させたくなかった。

 この奇妙な能力は、俺と世界の境界を歪ませている気がしたから。


 ふと、胸ポケットの中で百円玉がぶつかり、カシャンと音を立てた。

 まるで「使え」と囁くように。


「……分かったよ」


 息を呑み、百円玉を強く握って――


 投じる。


カチリ。


 だが、映像はまたしても現れない。


「……は?」


 頭の中が真っ白になった。

 本当に何も見えない。

 未来予知が出ないこと自体、こんなに恐怖だとは思わなかった。


(ロータリーで事故……誰かが巻き込まれる。その“誰か”って……俺なのか?)


 考えたくない仮説が浮かぶ。


(もし……“俺が死ぬ未来”だから、映らない?)


 未来予知は“俺が行動するために必要な情報”しかくれない。

 もし死ぬなら、行動のしようがない。

 だから映さない――?


「っ……!」


 息が荒くなる。

 だが、ここで引き返せば、未来は変わらない。

 “見えない未来”はそのまま俺を呑み込むだろう。


 だから、進むしかない。


 ロータリーをゆっくり歩く。

 五感が妙に鋭くなる。

 風の音すら、何かのサインに聞こえる。


 そして――その瞬間。


 胸が妙にざわついた。

 根拠はない。

 ただの勘だ。

 でも、嫌な予感は、これまでの人生でだいたい当たってきた。


「……百円」


 最後の一枚のような気持ちで、掌に載せる。

 全財産ではないが、“命を懸けた一回”に思えた。


 息を吸い、賽銭を投げるように、百円を落とす。


カチリ。


 世界が、静まる。

 今度こそ、映像が――


流れた。

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