1-1:「聖夜前夜」

白河星(しらかわ ひかる)、13歳。

明日には14歳になる。

唯一の肉親である叔父が失踪して3ヶ月が経ち、何もかもが変わってしまった。

いや、はじめから何も変わってなかったのかもしれない。


行きつけの弁当屋で弁当を買い、いつものように家に帰る。

もう何度目かの、決まりきった生活。

クリスマス間近のピカピカとした電飾が、

一人の影を虚しく照らす。


人の良さそうな中年の店員の笑顔も

「帰り道、気をつけてね。」という言葉も、

温かさより冷たさを心に落とした。



「大変ねぇ、ほら、今の子。」

「え、まさか、まだ見つかってないの?」 

「確か、そう、叔父さん」

「可哀想にね…」



帰り際、聞こえる会話に背中を向ける。

貼り付けた笑みは消え、

ガラスドアが暖かな室内と刺すような外気を分断した。

自分もあの人間達と分断された。

溜息をつく。

落胆と苛立ちの混ざった吐息がふわり、と

虚空に溶ける。

白い。

夜の暗さが一層白くさせるのかもしれない。


(あのお店ももう行けないな…。)

結構気に入っていたのだけれど、と帰路につきながら、思う。

街灯を反射したローファーの爪先が青白く光っている。

噂話は嫌いだ。

噂話をする人間は嫌いだ。

しかも、──「可哀想」だなんて。

思い出したら余計にムカムカ怒りが湧いてきて、

ビニール袋を持つ手に力が入る。


みんなそうやって勝手に憶測で物を言って、

好きに言うだけ言って、数ヶ月、いや、数日経てば

あらそうだっけ?と忘れている。

そういう人達の言葉は無責任で、軽い。

そういう人達の「可哀想」が一番腹が立った。

でも直ぐに忘れ去られる軽い言葉に腹を立てているのも

馬鹿らしくなって、力を抜く。

寒い空気が頭を冷やしてくれるみたいだ。


本当に寒い。

雪が降る前の、張り詰めたような冷たさ。

耳が痛い。

頬が凍りそうだ。

こんな時、彼がいたら手を繋いで、

コートのポケットに手を入れさせてくれたのに。

寒いですね、家についたらホットミルクを淹れましょうか。

そんな風に言って微笑んでくれたはずだ。


13歳にもなって保護者と手を繋ぐなんて、

本当は恥ずかしいことなのかもしれない。

でも彼といる時はそんなことちっとも考えなかった。

「大丈夫、私が一緒にいますからね。」

そういって頭を撫でてくれた、温かい手が好きだった。


一緒に。

そう、一緒に。

一緒になんていてくれなかったじゃないか。


一台の車とすれ違う。

一瞬ライトに照らされた顔は青白く、自分をより貧相に見せた。 


「…嫌なこと思い出した。」


考えを反芻しながらの帰り道は案外早い。

リュックサックのポケットから鍵を取り出し、鍵穴に入れる。

金属製のドアノブはキン、と冷えていた。

家主を失った家は暗く、

ドアは重く、

白河星は今日何度目かのため息を吐いた。

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