ただ、良かったと思えること

 ドラゴンを射殺したと思ったら、蘇って。

 けれどなぜか凶暴性が薄まって、素直に言うことを聞いてくれるようになった――などという珍事はさておき。

 私たちは無事、隊商からはぐれていた護衛のハンターらを救出し、帝都へと戻ってきていた。

 ちなみにこの際、私が【パピードラゴン】を連れていたことからひと悶着あったものの。

 最終的に「ドラッヘ侯爵家の所有物だ」ということにして、このあたりは何とか収まる。

 そう、それらは奇矯な出来事でこそあるかもしれないけれど、私にとってはそこまで重要なことではない。

 そんなことよりも、私にとって思わぬ出来事だったのは――


「えっ……? マサ、キ……?」


 助けたハンターのうち、一命を取り留めたものの重症だった桃髪と黒髪のふたりの男性。

 顔面崩壊するほどの負傷だったので、そのときは気付けなかったものの。

 帝都に戻り、彼らのクランの術師が改めて治癒魔法を使って、彼らを全快させ。

 それで「あの時の礼を……」ということで改めて顔を合わせた際、そのうちの黒髪の方が――

「何十年も前に死んだ、私の弟の……高校生時代の姿かたちに、そっくりだ」

 私が最後に見たときの――実家に引きこもって人相まで変わってしまっていたあれではなく。

 運動も勉強もよくできて、愚鈍な私よりずっと上手くやっていた頃の弟にそっくりだったのだ。

 とはいえ、さすがに転生した先で、何十年も前に死に別れた弟と再開する――などという都合の良い話がそうそうあるはずがない。

 他人の空似とはよくいったものだし、第一、私は人の顔の識別があまり得意ではないのだ。

 仮に、彼が本当に弟のマサキだったのだとしても――私は、何と言って対すればよいのだろうか。


――兄貴なんかに、オレの気持ちが分かるものか!


 私と真ん中の弟とが最後に交わした言葉というのは、最悪のひとことに尽きる。

 あのときは、病気の後遺症が原因で荒れていたマサキが、父母や下の弟に暴力を振るっていたのだったか。

 それを、たまたま実家に帰っていた私が、力づくで取り押さえたのだけれど。

 その時に彼から吐き掛けられたのが、そんな言葉だった。

 私はそれになんと返したのか――あの頃は私自身も力士生活で大変だったものだから、よく覚えていない。

 あるいは彼がその言葉を吐く前に、私が何か気に障ることを言ってしまったのかもしれないけれど。

 そうしたことも、ちゃんと覚えていなかった。

 ましてや、それから数年足らずでマサキは家を飛び出て――


「改めて、名乗らせてもらうわ。私は【癒し手(ヒーラー)】のブルーナ。私たちはトップクラン【ガイアの夜明け】に所属するパーティのひとつで……」

「トップクランとはいっても、我らは主力ではなく、いわゆる二軍だがな。……ああ、我は【絶対防壁(ガードナー)】の盾戦士アランだ。こうした社交的なことや事務的なことはブルーナに任せているが、魔獣狩りの時にはリーダーを務めさせてもらっている」

「アタシは、ジャッロ。【密林女王(アマゾネス)】ダ」

「ボクはロザ。弓使いで【狙撃手(スナイパー)】だよ!」

「……【呪術師(カースド)】のマサキだ」


 動揺している私の内心など察してもらえるはずもなく、彼らは各々に名乗りだす。

 けれども――ああ、なんということだろうか。

 黒髪のその男は、名前までも前世の私の弟と同じなのだった。

 まさか、本当に、死に別れた弟と同一人物だというのだろうか。

「……何かオレに用かい、修道女のお嬢ちゃん?」

「え、えぇと、いえ……」

 が、そうしてジっと眺めていたせいか。私は件の、弟によく似た黒髪黒目の男に声をかけられてしまっていた。

 最初は、あくまでも見た目だけで「どこか似ている」ぐらいに思ったものだけれど。

 こうして正面に立たれ、面と向かって声を聴くと、否が応にも思わされる。

 これはそっくりなのではなく、私の弟そのもの――死に別れたはずのマサキなのだと。

「以前、どこかでお会いしたかなと……。えぇと、私は見ての通りの修道女で、アビゲイルと申すのですけれど……」

「アビゲイル、か。……ふぅん、なるほど」

 ジっと、舐めまわすような目で見てくるマサキに。

 私もつい「もしかして私が前世の兄だと気付いて……?」と、考えてしまうけれども。

「もう、マサキったら、そんな怖い顔して……。ほら、彼女……アビゲイルちゃんに、お礼いうつもりだったんでしょ? 照れてる場合じゃないって!」

「チッ、っせーな、ロザ。別に、これは照れてるわけじゃぁ……」

 桃髪で童顔な弓使いの少年にせっつかれているのを見るに、どうもマサキは言葉に窮しているようなのだった。

 そういえば、私の知る前世での弟のマサキも、こういう傾向はあったか。

 運動も勉強も、割と何でも小器用にこなしてしまえたマサキは、誰かの手を借りたり助けられたりするということが滅多にない。

 そのせいか、他人へ礼を言うのに慣れておらず、偶さかそういう機会が訪れると酷くぶっきらぼうになるヤツだった。

「でも、本当に……そうなのだろうか?」

 そもそも、彼が本当に前世の私の弟なのかは確かめていないのだ。

 SFなどで、しばしば「少し違う経験をたどっている並行世界の同一人物」などという存在が描かれているように。

 この【呪術師】マサキが、私の知るそれと完全に同一でない可能性もあり得る。

 仮に、本当の本当に私のよく知るマサキと同一人物だったのだとしても――私が彼の内心を決めつけてしまうのは、なんと傲慢なことだろうか。


――兄貴なんかに、オレの気持ちが分かるものか!


 最後に投げかけられた言葉は、今も私の心に焼き付いている。

 いや、厳密には――死の間際に相撲への未練を思い出したときと同じか。

 別に、ずっと思い悩まされてきたというわけではない。

 むしろ当時はその意味なんてよく分からず、心の奥にしまい込んでしまって――それが今になって重く淀んでいたのだと気づかされる。

「あいつの気持ちなんて……ああ、全く分かってやれていなかったし、多分、今も分からない。分かっていれば、死なすこともなかった」

 前世で真ん中の弟が亡くなったと知ったときに、私はどこか他人事だったのだけれど。

 しかし同時に、実の弟の死を他人事のように感じてしまっている自分に愕然としたものだ。

 荒れていたマサキが亡くなったことで、父や母は内心どこかホッとしたような顔をしていたものだけれど――それも心をざわつかせた。

 私が力士生活を終えることになった原因は身体的なケガの他に、精神的なものやらが多数あったものの。

 そのひとつが、マサキの死であったことは間違いない。

 ただし、私は「マサキという弟が亡くなったことが悲しかった」とか「悔しかった」とかではなく。

 それがきっかけで見せつけられた、様々なことどもに心を折られたのだ。

 人ひとりが死んだというのに、私自身も含めて、誰一人として「惜しい」とか「嘆かわしい」などとは思っておらず。

 それどころか「良かった」だとか「安心した」だとか、そうした肯定的な気持ちばかりがそこにあったのだ。

 それが、たまらなかった。


――お前が負けてくれれば、一門の面子が立つ。


 マサキが亡くなったすぐあと、十両への昇進がかかっている場所で。

 私は親方から、そういわれた。

 片八百長――つまりわざと負けて、相手に勝ち星を譲るよう頼まれたのだ。

 私は幕下だったけれど取り組み相手は十両で、十両陥落がかかっていたらしい。

 最近は麻薬問題やら賭博問題やらが積み重なり、綱紀粛正で不正が一掃されてからほぼなくなったと言われてはいるけれども。

 昔は普通に、どの部屋でも片八百長ぐらいならやっていたといわれている。

 ちなみに普通の八百長と違うのは、勝つ方は八百長だということを知らないことにあるだろうか。

 それこそ普通の八百長は、昭和時代には既に厳しく禁じられているのだ。

 あくまでも「相手の部屋や力士に借りがあるから」だとか「勝ち星調整したいから」「勝ち越しているし、真剣勝負してケガをしたら来場所に響くので」だとかで、負ける方が勝手に手を抜くのである。

 もちろん、この中でも「勝ち星調整したいから」だとか「ケガ予防に」というのは力士当人の自己管理の一環という面もあるので、戦略として理解はできる――興行的意義やスポーツマン精神的な問題はもちろん大ありだけれど。

 けれど何よりも問題なのは「部屋や力士に借りがあるから」というもので――私が親方から言われたのが、それだった。

 これがマサキの亡くなる前であれば「腹が立つものの逆らえない」と、内心で不満たらたらながらも従ったかもしれないものの。

 マサキの死を「良かった」だとか「安心した」だとか、そうした肯定的な気持ちでとらえていた人々を――他人の不幸を喜ぶ人々を見たすぐ後だったから、私もおさえが効かなかった。

 それに、繰り返すが私も「十両への昇進がかかっている場所」だったのだ。

 何度も言及したように、力士にとって十両以上(関取)と幕下以下では、収入面も含めたありとあらゆる待遇がまるで違う。

 関取の地位がすぐ目の前だというのに、どうして、そんな無体な要求をのむことができるだろうか。


――今日はぶつかり稽古と、申し合いを、ずっとやっていろ。


 親方の要請に猛反発したその日、私は親方から無茶な稽古を押し付けられていた。

 これらは稽古の中でも特に苛烈で、気力体力の消耗も激しければ、骨や筋肉といった肉体の損耗も激しい。

 名目上は「関取へ上がる前に体を仕上げろ」ということだったものの、明らかな懲罰だった。

 これら懲罰稽古をし、死人が出て大問題になった部屋は最近もあったものの――私の現役時代はより多くの部屋で行なわれていたという。

 この時、私が幸運だったのは、死にはしなかったということ。

 一方で不運だったのは――案の定、これらが原因で体を壊してしまったということか。

 結局、その場所の成績は散々なもので、せっかく幕下二枚目まで上げた番付は大きく後退した。

 もちろん、挽回しようと励みもしたものだけれど、一度壊した体は簡単に復調することはなく焦りばかりが募る。

 反発したことで親方からの心証が悪くなったことも当然だけれど、同時に私から親方への心証も悪くなり――あとは「嬉々として懲罰稽古をしていた」同部屋の先輩後輩らへの不信感も日に日にいや増して。

 年齢的にはまだまだ続けられたし、関取も目指せるぐらいの力はあったのかもしれないけれど。

 心身ともに弱り切ってしまい――そんな頃に祖父母が相次いで亡くなり「一度帰ってこい」という連絡が母からあったものだから、そのまま力士を引退して実家へ戻った。

 力士時代から既に、母の伝手で見合いをして付き合っていた女性もいたので、そのまま結婚して。

 祖父母が亡くなり、代わりに母が切りまわすようになった食堂ではちょうど人手も足りなくて――結局、妻共々実家で働くようになったわけだ。


「その、だな……。あんたのおかげで、命拾いした。……そのことには、礼を言ってやる」


 そうして、心の奥底に封じ込めていたそれらに胸が押しつぶされている中で。

 ふと耳を打ったその言葉に、私はハっと顔を上げる。

 最期には言い訳や恨み言ばかり口にするようになっていた、前世の真ん中の弟だったけれど。

 それと同じ顔と声で――ぶっきらぼうながらも確かな謝意のこもった台詞が、今、紡がれていたのだ。

「えぇと、どういたしまし……て?」

「いや、何で、疑問形なんだよ」

「えぇと、思ってもいなかった言葉だったので……」

 真ん中の弟の――マサキからの感謝の言葉を聞いたのなんて、本当にいつ以来だろうか。

 記憶をさらってみるも、マサキが二歳や三歳だった頃まで遡っても、それらしき記憶がまるでない。

 あるいは、これが前世の時も含めて、初めてのことなのではないだろうか。

 礼を言う言われるというのは、良識ある社会人ならば当たり前のようにすることで、ことさら取り立てて言うほどのことではないのだろうけれど。


「その言葉を得たいがためだけに、転生したといっても過言ではないぐらいだ……」


 有用なロールである【祝福者】やら、【言語理解】のスキルやらを獲得したことには、さしたる感慨はなかったし。

 その後、助祭見習いの侍者として取り立てられたことも、どこか素直に喜べなかったものの。

 これは、これだけは――ただ、良かったと思える。


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