大人のハッピーセット

ちびまるフォイ

幸福中毒

仕事終わりの夕食時間はピークを迎えていた。

多くの飲食店にはスーツの人たちが餌場を求めて群がる。


「混んでるし、今日はあっちでいいか」


簡単に済ませようとハンバーガー屋さんへ向かった。

店内のタッチパネルを操作していると手が止まる。


「お、大人のハッピーセット……!?」


見慣れないメニューが並んでいた。

商品写真がないのでどんなものが来るのかわからない。


大人が大満足するほどの大ボリュームか。

はたまた、舌の肥えた大人が満足する味なのか。


「これは気になるな……」


話のネタになればと、大人のハッピーセットを注文した。

呼び出し番号札を持ってモニターの前に並ぶ。


「100番、大人のハッピーセットのお客様」


「あ、はい!」


「商品は外でお受け取りお願いします」


「外ぉ!?」


店員に促されて外へ出る。

そこにはピカピカの新車と、きれいな女性。

後部座席には子供が二人乗っていた。


「え……? どちらさん……?」


「お客様のです」


「いやいやいや、俺はハッピーセットを頼んだんですよ!?」


「はい。大人のハッピーセット。

 かっこいい車、きれいな妻、それに付け合せの子供が2人です」


「はい!?」


「大人なら誰もが求めるハッピーなセットです」


「そういう意味!?」


面食らっていると助手席に座るグラマラスな女性は目配せをした。


「パパ、早く家に帰りましょう」


そのウインクひとつで車に滑り込んだ。

カーナビの指示のまま進むと、大きすぎず小さすぎない一軒家。


「ここは……?」


「何言ってるの。あなたの家じゃない?」


家には家具家電も揃っている。

妻は台所で料理をし始めて、子供はリビングではしゃぐ。

自分はソファに身を預けながらそれを眺めている。


「わぁ……これが幸せかぁ……」


しみじみと、ハッピーセットの幸せを享受していた。


翌日は子供のはしゃぐ声と妻のキッスで目が覚める。

温かな朝食から始まる幸せな日常。


「それじゃ仕事に行ってくるよ」


「あなた。今日もお仕事頑張ってね」


職場でもハッピーは止まらない。

会社につくなり社長室に呼び出されて人事異動が告げられた。


「君はすごいから給料アップ!

 それに前から希望していた部署に転属させよう!」


「え!? いいんですか!? どうして急に!?」


「君がハッピーになってもらわないと困るんだよ」


「ありがとうございます! 今すごくハッピーです!!」


今まで一生手に入らないと思っていた幸せ。

妻に車に子供に、ひいては仕事まで。


あらゆる幸せを構成する部品をいっぺんに渡された。


SNSアカウントまでバズってしまい、

プライベートはもちろんネット上でも高評価が止まらない。


「あっはっは! もうハッピーセットさまさまだ!」


大人のハッピーセットを買って本当によかった。

すると後輩がやってくる。


「先輩、なんか最近幸せそうですね」


「ああ。大人のハッピーセットを買ってからもう最高だよ」


「へえ、そんなものがあるんですね」


機嫌もよかったので後輩につい自分の成功体験を話してしまった。

後輩もよろこんでその日のうちに大人のハッピーセットを買いに行く。


翌日、ニコニコ顔の後輩と顔を合わせた。


「先輩! 僕も大人のハッピーセット買いました!」


「おお、そうか。で、どうだった?」


「もう最高ですね! 新品の車にきれいなワイフ、可愛い子どもに一軒家!

 それに仕事もうまくいくようになって最高です!」


「……車種きいてもいい?」


「インペリアル・エクスフォードV です!」


「うちとおんなじだ……」


妻や子供の写真も見せてもらう。

その顔は自分の手に入れたハッピーセットと同じだった。


「こんな簡単に幸せが手に入るなんて思わなかった!

 先輩ほんとうにありがとうございます!」


「あ……いや、いいんだ……」


「この幸せをひとりじめするなんてもったいない。

 ちょっと同期や他の人にも話してきますね!」


「あちょっと!? 待って!!」


後輩は止まらなかった。

大人のハッピーセットは多くの人に浸透し、

街ではインペリアル・エクスフォードVに乗った人しかいなくなった。

駐車場ではもう自分の車がどこにあるかGPSしかわからない。


家に帰ると沈んだ顔の自分を見て妻が心配そうにする。


「あなたどうしたの? 気分が悪そう」


「実は……みんなハッピーセットを買ってしまったんだ」


「良いことじゃない。幸福な人が増えたってことでしょう?」


「そうだが……。なんか急に幸福があせて感じられるんだ」


「素敵な妻、かっこいい車、かわいい子どもに一軒家。

 仕事も順調で何不自由無いハッピーなセットじゃない」


「違うんだよ! みんな俺と同じものをもう持っている!

 それじゃ満たされないんだ! 俺はひとよりハッピーでありたい!」


「これ以上のハッピーは無いわ」


「あるはずだ……。そうだ! もうひとつ、

 いやもう2つハッピーセットを買えば良い!!」


ふたたび店まで車をすっとばした。

大人のハッピーセットは大人気でほとんど売り切れ。

道沿いの店をかたっぱしから調べてやっと残っている店を見つけた。


「はあはあ、ここのハッピーセットを全部ください!!」


「お一人様1点だけです」


「じゃあこの店を爆破するぞ!!!」


「ひえええ!?」


大人のハッピーセットを5個オトナ買いに成功する。

外にはピカピカの車と、それに乗った妻たちが渋滞を作る。


「は、はは! どうだ! 一般人は1つだが

 俺はなんと5人の妻をもち、5つの車がある!

 さらに10人の子供と5つの持ち家がある!!

 俺は他の人よりもっとずっとハッピーに違いない!!」


普通の人は1つのハッピーセットで満足するが、

自分はその5倍ものハッピーセットを所持している。


ということは自分は5倍ハッピーであるはず。

他の人よりも上位のハッピーに包まれているはずなんだ。


重複購入したハッピーセットの家は5世帯住宅となり、

家に帰れば同じ顔の妻5人が出迎えてくれる。


10人の子供には別々の教育方針をほどこして、

さまざまに分岐する成長を見守ることができる。


これが幸せなんだ。

人より優れている幸せに違いない。



それからしばらくして。


「先輩」


「……」


「先輩!」


「あ……ああ? 後輩か」


「どうしたんですか、ぼーっとして」


「いやなんでもないよ……」


「それより聞いてくださいよ。

 ぼくのハッピーセットの妻がですねーー」


「ああ……」


「反応薄いじゃないですか。

 前はあんなにハッピーセットの良さを熱弁していたのに」


「もう懲りたんだよ。たくさん買えばその分幸せになると思っていた」


「違うんです?」


「お前はまだ期限日来てないんだろ」


「期限日……?」


後輩はきょとんとした。

やはりハッピーな日常に浮かれて気づいていないようだ。


ハッピーセットで得た車。

ハッピーセットで得た妻。

ハッピーセットで得たあらゆるもの。


「ハッピーセットの商品にはすべて消費期限があるんだよ」


「え゛っ……!! 消費期限を過ぎたらどうなるんですか?」


「ハッピーが転調して、アンハッピーセットになる。

 家に帰れば遅いと罵られ、子供は言うことを聞かなくなり

 家はローンの十字架になるし車は金食い虫だ」


「うわ……」


「もう懲りたよ。ハッピーセットなんて買うんじゃなかった……」


後輩はいつか訪れる幸せの消費期限に身震いした。


「ところで先輩。さっきからなに見てるんですか?」


「ああこれか?」


後輩にちょうど最近はじめたプランを見せた。




「これはハッピーサブスク。幸せの構成要素を提供してくれる。

 こっちなら消費期限を気にせずに、幸せを受け取れるんだ!」




「ぜんぜん懲りてないじゃないっすか」


後輩の目からは尊敬も憧れも消えていた。

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