ノクスハウス Nox House
橘 織葉
一話 奇怪で異質な"ファミリー"
<男性視点>
食卓にはたくさんの料理が並び、家族も皆席につく。
色とりどりの食材が使われているであろうということは、なんとなくわかった。
しかし、陽光や月光が差さず、さらには屋敷内の灯も全て薄暗い紫色なので、実際に色を感じ取ることはできなかったが。
僕は席につくと、挨拶も何もなく、ただ静かに食べ始める。
しかしそれを咎める者なく、他の家族も黙々と食べるのみだ。
……ただ一人を除いて、だが。
「わー、すごーい!
今日は豪華だね、お母さん」
そう話すのは僕の姉、メイ。
家族の中で1番テンションが高い。それも常に、だ。
僕にとっては鬱陶しいことこの上ない。
「んー? 猫ちゃんだ。
このお肉が食べたいの? 食べさせたげようか?」
いつのまにか、メイの膝に乗っている黒猫。
この家では猫を飼っていない。
だから、どこかから侵入したのか、あるいは……
「メイ、うるさいわよ。それに行儀も悪い」
そこで思考が断たれる。
今度は、この家での唯一の親、母さんの声だ。
「それにしてもメイ、あなたも残酷になったものね。
ご主人を猫に食べさせようとするのなんて。
____ああ、"ご主人"ではなく"ご主人だったモノ"だったわね」
____ああ、そういえばそうだ。
この家に猫が入るのは二通りの方法しかない。
屋敷の抜け穴でもなんでも見つけて、入ってくるか、
母さんに狩られた飼い主と共に来るか。
食卓に並べられた料理に使われている肉も、人間の肉なのだから。
この黒猫も、おそらく母さんに殺された主人についてき、この屋敷にたどり着いたのだろう。
まあ、そんなことは僕には関係ない。
そう思っていたのだが。
平和で静かな食事を終え、部屋に戻ると、あの黒猫がベッドの上に佇んでいた。
◇
<黒猫視点>
ご主人様が殺された。
私が猫であっても、そんなことはわかる。わかってしまう。
ご主人様はいつも通り、いつもと同じく、暖炉の近くで本を読んでいて。
私も暖炉の近くで暖まっていた。
しかし、いきなり見知らぬ女性が現れ、ご主人様の首を包み込むように抱きつくと……
コキャ、という、呆気なさすぎる音と共に、命が終わりを迎える気配がした。
死神の気配でも感じたのだろうか、なんとも形容し難い感覚だった。
それでもまだ、微かな「まだ助かるかも」という希望を見てしまったのか、ご主人様の懐へ潜り込んでしまった。
そばにいたとして、助かるかどうかなんてわかるわけがない。全くもって意味がない。
気が動転していたのか、ご主人様の死に際にそばに居たいと思ったのかはわからないが、そんなことをしてしまったのが過去の私だ。
そして今、それを猛烈に後悔している。
いや、ご主人様の死に際に立ち会えたこと自体はいいのだ。欲を言えば、あの日常がいつまでも続けばよかったのだが。
失敗だったのは、この屋敷に入って、出ることができなくなったことだ。
別に、誰かの家に居ること自体は特に気にすることもない。
だが……
さっきの、メイと言っただろうか____の行動は明らかに一般的と呼ばれる行動とはかけ離れていた。狂気的だった。
その行動を見ての、お母さんと呼ばれる女性も、細身の男性の反応も異常だった。
お母さんは行儀についてにしか叱らず、男性に至っては言葉を発しすらしなかった。
ただその光景を眺め、食事するだけ。
そんな家族の住む屋敷に、好き好んで滞在する方がおかしいと言うものだ。
そのため、食卓を離れ彷徨い、
誰もいない部屋を見つけ、情報収集のために入っていたわけだが……
その5分後、食卓にいた細身の男性が部屋に入って来た。
おそらく、彼の自室なのだろう。
にしても、こんなに短時間で来るとは思わなかった。
もしここが誰かの自室でも、10分以内に探索し終えれば大丈夫だと踏んだのだが。
「…………」
食事の際と同じく、男性は口を開かない。
まあ、今は話しかけられるよりもそうされる方が安心できる。
特に反応を示さないということは、私のことを気にしてないということだからだ。
猫がいつも出入りしているのかは知らないが、怪しまれないだけ安心。
……単純に、猫に「かわいい〜!」というようなタイプに見えないため、愛でてきたらそれはそれで鳥肌モノだからというのもある。
ってかなんだよ。夕飯を5分で平らげるなよ。早すぎるだろ。
……とまあ、そんなことはさておき、男性が興味を示さないのなら部屋から出てしまえばさらに安全____
「どこに行くんだい? キミ」
黒猫が部屋を出ようとしたその時、ベッドに座っていた男性から声がかけられる。
「ああ、キミは猫だったね。言葉を話せないか」
なんなんだこいつは。
当たり前のことだろう。
猫は人間の言葉を理解はできるが、発することはできない。
そんなことをなぜ私に?
「先ほどはメイが失礼したね。
あんなに行儀の悪い食べ方で」
……こいつの独り言か?
にしては話し相手のいるよう。
あれか、愛ではしないが猫に勝手に話すタイプか。
ご主人様に拾われる前、公園でも同じようなことがあった気がする。
……今回に限っては、そんな平和には捉えられなかったのだが。
まあ、もしそうなら無視して行っていいだろう。
そう結論づけ、部屋を出る。
後ろを振り返ってみるが、男性が部屋を出ることはなく、ただ薄紫の光を受けた長い廊下が続くだけだった。
ノクスハウス Nox House 橘 織葉 @To1123
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