第15話 繰り返すか進化を遂げるか
その日の夜──
「なんか引っかかるよね」
赤という色に、最近いい思い出がない。
瑠花は目を伏せ、小さくため息をつく。
『赤い目の女』
友好的な空気は感じなかった。
まるで観察するような……不穏さを感じた。
「……」
(過剰に反応してるのかなぁ……)
落ち着かなくてネットを漁る。
何かしてないとあの日の路地裏の雨音が聞こえてきそう。
薄闇に流れる赤黒い水が──
ザーザー
──いつまでも離れない。
「はぁ~~~」
大きく深呼吸をして頭を振る。
(そういえば……)
この単語をちゃんと調べたことがなかった。
検索サイトに、思いついた単語『虹石』を入れてみる。
「虹石……ホンシーホンシー……お?」
さすがにヒットしないかと思っていたが、意外にもそれは夢の世界のスレッドで囁かれていた。
──見る角度によってキラキラ色が変わる不思議な石。
「飲み込む……え、石を?」
──夢の世界の魔法が現実で使えるように──
「……」
瑠花は眉を寄せる。
魔法ってどんなものだろう。
だけどそんなことがあるだろうか?
魔法が現実にあったらパニックになると思う。
(そういえば……)
『オカルトじゃあ、信憑性もないし、下手に開示すれば混乱が起きるもんな……』
あれは節の言葉だったか。
(何の話をしている時だったっけ……?)
──カチッ
「あ」
クリックした先で音楽と共に動画が流れる。
『皆さんはもう、夢の世界を体験しましたか?』
美人のお姉さんが本を片手にCMを始める。
『わぁ、こんなモンスターが!!』
映し出されたのは、いつか麗奈の家で見たSNSにも載っていた画像。
赤黒く光る眼に、CMのお姉さんは大袈裟に驚いてみせる。
『図解!ヴォイドの世界! これで貴方も、夢の世界を完全攻略!』
~~チャララ~ン
「──」
ドキドキと、心臓が嫌な音を立てる。
──今、何かが。
全く違う場所の、全く無関係に見えるものが……まるで歯車が噛み合うように、カチリとハマったような気がした。
(夢の中の“赤”と、現実の“赤”は──繋がってる?)
「……」
チラリと時計を見れば18時20分。
上手く電車に乗れれば例のレストランに19時前には到着できるかもしれない。
(けど、本数ないしな……)
──手の中がじわりと汗ばんだ。
モンスターの赤黒い眼が、今日の写真で見た“あの光”と重なった。
「夢の世界の力を……現実に?」
気にしすぎかもしれないし、無関係という可能性の方が高い。きっと。
なのにどうしても気にかかる。
──赤い目の女。
「っ」
瑠花はカバンを掴み、そっと部屋を出る。
(走るしか──)
たぶんギリギリ間に合う。
京介の話、虹石の噂、コンビニの声。
それらが無関係なら、それでいい。
けど、もし──
当たっていたら?
「……」
(勘違いなら帰ればいい)
そっと台所を覗けば、母がトントンと音を立てて料理をしていた。こちらには気づいていない。
「……ごめん、かーちゃん」
(すぐ帰るから)
音を立てずに玄関を閉め、瑠花は夕暮れの中を駆け出した。
「はぁ……! はぁ……!」
うだるような暑さの中、瑠花は夕暮れの街中を全力で駆け抜ける。
──間違いならいい。
嫌な予感と直感は紙一重だ。
夕日に照らされ、赤い色の目をしていた智哉。
赤目で写っていた黒鉄組の都築。
モンスターの赤い目に、夢の世界から力を持ってこれるという虹石。
そして──
『……赤い目の女……』
全力で街道を走り抜け、汗が顔を濡らしても瑠花は足を止めなかった。
ただの勘違いならデバガメでもすればいいのだ。
京介に連絡するかは迷った。
でも不安だの直感だのでデートを邪魔したくはない。通報できるレベルの話でもない。
──でも、もし。
あのコンビニで聞いたのが犯人の声なら?
もし、犯人が殺す対象として節を認識したなら?
『緑王駅にできたレストラン知ってるか?』
──あそこで19時に予約を──
(お願いだから!)
足がもつれても、角から飛び出して自転車のおじさんに怒鳴られても。
瑠花は足を止めなかった。
(どうかボクの勘違いであって!!)
そして時刻は18時50分──
「う……はぁ、はぁ」
荒い息を整える余裕もなく、瑠花は周囲を見回す。
──節さんは?
節も京介も見当たらない。
ここじゃないのか?と不安になったところで、道路の向こう、電柱の影にいた節を発見した。
(いた!)
腕時計を見て立っている節は、タイトなスカートにいつもより少しフェミニンな服装に緩く巻いた髪。
昼間とは全然違う装いに、安心とともに微笑ましい気持ちになる。
ようやく息を整え、今度は京介を探す。
(まだ来てないのかな?)
キョロキョロと見回し、角の向こうを確認し、視線を戻すと──節が消えていた。
「!?」
慌てて道路を渡り、曲がり角を曲がると少し先に節がいる。
そしてその節の向こうに人影が見えた。
目を凝らして見ると、帽子を目深に被った青年だ。
(誰!?)
ぞわりと背筋に冷たさが走る。
「せつ──」
「あっれー? 瑠花っちじゃ~ん」
突然の声にビクリと肩を震わせて振り向けば、京介がニコニコしながら手を振っている。
「き、京介さん……」
「あっはは。なになにー? こそっと抜け出してきた感じ?」
京介はいつもと変わらない様子で、けれどもちょっとだけきちんとした服装で、瑠花に軽く手を挙げた。
「京介さん!」
「うおっと? え……どしたの?」
「節さんが! 赤い目で! あっちに……!!」
「んん? 堂島チアキなら姿をくらませたみたいで会えなくて──」
「そんなことより!!」
「え? え──」
瑠花のただならぬ様子に京介も瑠花の向こうに目をやる。
「──」
次の瞬間、その表情から笑みが消えた。
慌てて瑠花が振り返れば、節が謎の男に手を引っ張られて路地裏に引き込まれるところだ。
「節さん!!」
瑠花が叫ぶのより一瞬早く京介が駆け出し、その姿は見る間に路地裏へと消える。
いつも歩幅を合わせてくれていた人物と同じ人とは思えない速度だ。
慌てて瑠花も後を追う。が──
──ドカッ!!
「!?」
大きな音に、駆け出しかけた瑠花の足がビクリと止まる。
(あ……)
もうあと少しでその場所なのに。
──そこは路地裏で。
あと数歩で路地裏の奥が見えるのに。
『そこには何が、待っている?』
「……」
ガタガタと歯の音が噛み合わない。
──ガタンッ!!
向こうで音が響く。
(こわい……)
あの日の路地裏が。
あの赤が。
足が地面に貼り付いたみたいに動かない。
まるで──忘れるなと言っているようだ。
繰り返し、繰り返し、責め立てるように。
「──っ!」
小刻みに震える息が響く。
足を引きずるように、瑠花は前に踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます