第14話 残念な写真家



「フォトジャーナリスト?」



堂島どうじまチアキの情報が入ったのは、三人で顔を突き合わせた翌日の事だった。


『そうそう。報道写真家ってやつ』


電話の向こうで京介が解説してくれる。


専門職があるらしい。

写真提供者と書いてあったので、瑠花は一般人かと思っていた。


「有名な人なの?」


瑠花もネット検索をしたが、地域情報紙のウェブ版くらいしかヒットしなかった。他にもそういうものが多くて検索にかからないだけかもしれない。


『あっはは。まあ、有名っちゃ有名かも~? ただし悪い方に』


「?」


(パパラッチ的な?)



『なんていうか、技術もないのに個展やってたりさぁ、自慢話ばっかとか。ギョーカイでは嫌われてる人って感じ』


「あ、そーいう」


確かにピンボケだったり、変な光写ってたりとあまり上手い写真とは思えなかった。智哉の写真は距離が近かったこともあり、粗が少なかったのだろう。


『基本的に干されてて、バイトみたいな感じで、インタビュー写真とかもやってるみたいねー』


「個展って有名な人しか開けないのかと思ってた」


『それはまあ、だいたいはそうっしょ。けどマネーがあれば開くことはできるわけで』


「あー」


聞けば聞くほどなんだかイメージが悪くなる写真家だ。

京介の話では、個展が毎月二十日から一週間開くという。


『俺ちゃんは直接会って話聞いちゃおうと思うから、瑠花っちが気になるなら、とりま、せっちゃんと行ってみちゃう?的な』


「じゃあ、そうしよっかな!」



──というわけで。



母の説得に手間取りはしたものの、瑠花は三日後、無事個展に向かうことができた。

節が美術鑑賞なので、と口添えしてくれたおかげでもある。


(さすが節さん)


そう拝んでいたのだが──


「道中は勉強。帰ってからも勉強だからな?」


「……」


「返事は?」


「ハイ」


スパルタは健在だ。




「署名にご協力くださーい!」


駅前から二人が個展に向かおうとすると、目の前にサッとチラシを差し出される。


『夢の世界は危険! 子供達を守れ!』


啓蒙のチラシのようだった。

瑠花も少し前なら署名をしていたかもしれない。


(今でも関わりたいとは思ってないけど……)


否定する気もない。

瞳子や麗奈、SNSを見ていて少し見方が変わったのだ。


節が手を上げて軽く会釈をしたので、瑠花も軽く頭を下げてそのままスルーした。


ちょっとだけ、スッキリしたような気持ちになった。




***




個展会場──といってもビジネスビルの小さめのワンフロアで開かれた個展は、当然のように誰もいなかった。


「閑散としているな……」


節が苦笑して周囲を見回す。

写真は大小様々で、壁と柱を利用して飾られていた。

即売もしているようだが、売れているものはない。


(スマホのが綺麗に撮れそう……)


モチーフは悪くなさそうだが、画角や露光、ピントなど、どこかしらで首を傾げたくなる写真が多かった。


「今時、赤目で写したものを個展に出すっていうのも驚きだな……」


人物写真が多く、節のボヤキ通り何点か赤目で写ってしまっている。

瑠花はカメラの技術など全く知らないが、良い写真には思えなかった。


「ん!?」


通り過ぎようとした瑠花は、慌てて半歩戻る。


「どうした?」


後ろからのんびり鑑賞していた節が声をかけると、瑠花は勢いよく振り返った。


「これ! 節さんと京介さんじゃない!?」


「──はぁあ!?」


慌てて節が駆け寄ってくる。

瑠花も再度確認するが、何度見てもそれは二人のデートシーンだった。


いつも通りの京介と、少しオシャレをしている節。

写真の二人は仲良く手を繋いで街路樹の横を歩いている。車通りが多い夜の道のようで、街のネオンと街路樹の装飾、そして車のライトでキラキラしている。


(この写真は……パッと見は綺麗だな)


「ど、どこから突っ込めばいいんだ!? とりあえず肖像権!!」


真っ赤な顔でパニックになっている節は、写真にひたすら文句を言い始める。


「いつ!? いや、この場所は覚えがあるが、なぜ!? 声掛けても良かったろう!? あああ! この写真も赤目か!? 撮るならちゃんと撮れよ!?」


「どうどう、節さん、落ち着いて」


(デート写真を飾られて恥ずかしかったんだろうなぁ)


とりあえず騒ぎすぎてもダメだろうと節を会場の外に引っ張り出す。


「うわあああ!」


両手で顔を覆って呻く節。

ちょっと可愛いと思ったのは秘密である。


今日も良い天気だ。




むしろ良い天気すぎるだろう。

瑠花は汗を拭いながら節を見る。

こんな事なら出てくるんじゃなかったか。


その節はといえばブツブツと呟いたあと、虚ろな目をしながら目の前のメガネ屋を見つめている。


(え、大丈夫?)


熱中症とかになってないよね?と瑠花が不安になったところでスッと顔を上げた。


「節さん?」


「行くぞ、瑠花」


(あ、ボクのこと覚えてたんだ)



節はメガネ屋に真っ直ぐ向かっていく。


「え、何!? 何しに行くの!?」


慌てて追いかけると、節は真顔のまま振り返る。


「何って、サングラスを買うんだよ!」


「え? え?」


(節さん、ご乱心!?)


「……この世界は、私には眩しすぎる」


その乱心は頂点に達しているのか、そのままメガネ屋に入っていく。

置いていかれた瑠花は慌てた。


「やべぇ、節さんがボクみたいなこと言ってる……」


(こりゃ想像以上にショック受けてるぞ……!)


走って節を追いかけた。





節は本当にサングラスを買った。

予想外なことに、美人ということもあって芸能人のようでカッコイイ。


「節さん、暑い。死んじゃう。コンビニ行きたい」


「仕方ないな」


サングラスをゲットして正気に戻った節は、やれやれという空気を出しながらコンビニに向かっていく。


釈然としないものを感じながら、瑠花はコンビニの入口をくぐった。



──涼しい!



「ここが天国か……!」


「いいから、飲み物買うなら買ってやるぞ? 何がいい? スポドリはあそこだぞ」


「コーラがいいー」


コンビニは涼を取る客で案外混んでいた。

レジにも行列ができている。


(暑いからね、仕方ないね!)


「節さん、アイスは?」


「だめだ。おばさんから甘やかすなと言われている」


「かーちゃんの鬼!」


「それにそろそろ帰らないと。私もこの後、京介と落ち合う約束になってる」


時計を見ながら節がレモンティを取る。

瑠花もコーラを取りながら、ニヤリと笑う。


「おー? デートですかぁ?」


「な、違っ! じ、情報共有だっ!!」


真っ赤になる節。

どうにも、恋愛関係は見られるのも茶化されるのも苦手らしい。


さっきの写真も、おそらく一人だったら別の反応になったんじゃないかと瑠花は思う。


「どこ行くの?」


「え? ああ、緑王駅にできたレストラン知ってるか?」


「うん、うちから遠くないし、カップルに人気だもんね~」


「そうなんだ。あそこで19時に予約を──」


言いかけて固まり、節は再び赤くなる。


「瑠花!」


「えっへへー!」


これ以上からかうと買ってくれなくなりそうだったので、急いでレジに並んだ。


そこに──


「……赤い目の女……」


──え?


パッと振り返るが、隣のレジとその行列があるばかりで誰もこちらを見ていない。


「?」


「どうした?」


「いや、なんか……赤い目の女って……」


「なん……だ、と!?」


瑠花の言葉に節が震え出す。


「る、る、るか、マスク! マスクを買うんだ!!」


被写体なのがバレたと思ったらしい節は、急いでマスクを取ってきて、レジが終わったところでそれを着けた。


サングラスにマスク。

──完全に不審者である。


「くそぅ、堂島チアキ絶対許さん……!!」


「あはは……早く帰ろうね」


瑠花は苦笑いするしかない。


「……」


──でも。


(さっきのは誰が言ったんだろう)


一抹の不安を感じながら、瑠花はコンビニをあとにした。

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