第11話 お泊まり会



『結構本格的に隠蔽されてるっぽいから、もう少し待っててね~☆』


 この一報が来たのは、調査を頼んでから二日目の事だ。


 それから更に二日──


 七月も終わろうとしている昼下がり。

 事件からは一週間が過ぎた。


 頬の腫れはほぼなくなった。

 受験生であることを除けば、調査に乗り出すにはいい頃合いだったのだが──


『外出禁止!』


──という母からの軟禁命令のため、動くに動けずにいた。


(かーちゃんの気持ちはわかるけどさぁ……)


 合気道の道場にすら行けていない。動画で練習する日々が続いている。

 おかげでネットまで禁止されなかったのは、ちょっとした幸運だった。




「こんだけ探して何もないとか、ある!?」



 母がパートで不在の間に、せめて事件の調査がしたかったが、ネットのどこを探しても、黒鉄組が被害にあった事件は出てこない。


「『組の抗争か?』とかあっても良さそうなのに……」


(隠蔽……)


『妙な殺人事件でね』

 安曇は確かにそう言った。


 何が妙なのかは、智哉の葬儀でヒソヒソと大人が話していた内容で知った。


『顔を執拗に狙われていた』


「……」


 瑠花の記憶の中の智哉も、赤く染まった顔をしている。

 涙と雨にぼやけていたけど、あれはつまり──


 滲む涙をグイッと拭う。


 瑠花が小さく息をついたところで──



──ピンポーン



「ん?」


 瑠花はノートパソコンを閉じて玄関に走った。


 インターホンには見知った姿が映っている。


麗奈れな?」


 玄関を開けると学友の倉光麗奈くらみつれながいた。そしてその影から──。


「私もいる」


「トーコ!」


 八木瞳子やぎとうこも顔を出す。


「え? どうしたの?」


「なんか大変だったって聞いたから」


 麗奈が苦笑すると、瞳子もこくりと頷く。


「やだ、酷いクマ」


 麗奈が瑠花の顔を覗き込む。


「瑠花はひとりで考え込む癖があるからな。普段は開けっぴろげなくせに」


「あれ? なんで今この流れで貶された?」


 麗奈と瞳子は中一から同じクラスだった気の合う友人で、親友と呼べるふたりだ。

 久しぶりのノリに瑠花は少しホッとする。


「寝れてないの?」


「あー、いや、まあ、ちょっとね」


「うーん、あ! じゃあ久しぶりに、お泊まりするのは?」


 ポンッと手を打った麗奈に、瞳子は目を輝かせた。麗奈の家のお菓子は高級なものが出るのだ。


「お、なら、ゲーム大会だ!」


 瞳子が珍しくにこやかな笑顔で賛同する。


「ボクが優勝したらライトカイザー鑑賞会したい!」


「ふ、私に勝てると思うなよ」


 しばらく離れていた日常が目の前にある。


 例の一報以降、京介から連絡が来ないことが気がかりではあったが、それでも今はこの温度の中にいたいと思った。



 しかし──



 このお泊まり会が波乱を呼ぶとは、この時の瑠花には知る由もなかった。




 ***




 お泊まり会の場所は麗奈の家になった。


『麗奈ちゃんの家なら……』と母からはすんなりと外出許可がでた。


(解せぬ)


──と思っていたのだが。


「なぜ、ボクらは勉強してるんでしょーか」


「え? 受験生だからでしょ?」


 瑠花がノートを苦々しく見つめながら文句を言えば、麗奈はさも当然というように返答した。


「そうだけど! そうなんだけどー!! ゲームはいずこにー!!」


 瑠花はジタバタと悪あがきをするが、麗奈の目は冷たい。


「はい。いいからテキスト開く」


「冷たい……泣く」


 観念する瑠花であった。





──チクタク、チクタク。


 時計の針が音を刻むのと同じペースで──カリカリ。


 鉛筆の音が響く。


「そういや」


「こら私語」


 一時間ももたずに飽きたらしい瞳子が口を開く。


「まあまあ。なあ、夢の世界に入ったことあるか?」


「え、トーコ入ったの!?」


「ちょっと二人とも勉強」


 改めて言い直した瞳子に、瑠花は驚いて目を向ける。


「まだ数回な。ふたりはないのか?」


「え……ないけど。危なくないの?」


「んー、別に危なくはないと思う。数年後にポックリ行くとかはわからんが」


「そんなこと言われたら怖いじゃない」


「気になるなら様子見でもいいと思う。でも、ファンタジー世界を歩けるのは新鮮だったぞ」


「魔法とか……使えるんだっけ?」


 麗奈は心配半分、興味半分といった空気だ。


(魔法かぁ)


 ウルドは特にそれらしいものは使えなかった。

 ただ、人より魔力が多いとかなんとかで、帝国に聖女として迎えられただけだ。


「そうらしいな。向こうに通ううちに習得できるとは聞いたよ」


「そうなのね……」


 すっかり勉強を忘れて会話に集中してしまった麗奈も考え込む。

 そのうち麗奈も行くだろうな、と瑠花は思う。


 別にそれがダメだとは言わない。楽しんでいる人も多いだろうし。


 でも、もしも、ただの異世界じゃなかったら?


──夢が現実で、ボクらが今いる現実が夢だったとしたら──


 ふるりと首を振る。

 そんなわけない。

 さすがにもう、そんなことは思わない。


 同じところに足踏みするのはやめた。


「瑠花は?」


「うぇ?」


「お前は行ったことないのか? 好きそうなのに」


「あー、まあ、ない、かな」


 瑠花は曖昧に微笑んだ。





 夕食のあとは休憩──お待ちかねのゲーム大会だ。


「今回はスラブラだ」


「え、やったことない」


「キャラなんてお任せにしとけばいいぞ」


 可愛いキャラクターを操作する一対一の対戦ゲームだ。

 初めての麗奈は困惑している。


 二人ずつの対戦になるので、瑠花は交代まで暇を持て余してパソコンを覗いている。


「暇ならこれ見るか?」


 そういって瞳子が見せてくれたのは、夢の世界専用のSNSドリームウォーカーだ。


「本名登録なの?」


「そう。外部に表示されるのは、夢の中の名前のみだ」


「へー、なるほど」


 夢の世界を遠巻きに見てきたせいで、この手の情報には疎い。

 確かにあれだけ人気なら、こんなものができてても不思議はなかった。


(思ったより発展してるというか……)


──KO!


 背後のゲーム音をBGMに、瑠花はドリームウォーカーを眺めていく。


「解説・夢の世界……」


 初心者向けでもあるし、麗奈みたいに『入りたいけど不安』って人の背中を押すための説明だろう。


 それは丁寧にまとめられていた。

 夢の世界の初期位置について、わざわざ地図付きで書いてある。こう見るとかなりバラバラのようだ。


 姿についての項目もある。


「えーと、性別、年齢はランダム要素がある。また、姿は現実と似る……」


 確かに瑠花とウルドはよく似ている。嬉しくないことに。


 瑠花は腕を組み、首を捻る。

 夢の世界と前世の関係は……。


「うーん」


 グループ検索やコミュニティ、夢の世界でのニュースなどもある。


「へえ、これだけの情報があるなら……」


 画面のリンクをあちこち触っていく。


──が、その中に神殿の情報は全くなかった。


「……」


 これはもしかしたら、自分だけ見ている夢が違うのかもしれない?



──ドカーン!!



「あー! 瞳子の鬼畜!」


「はっはっは」


 派手な効果音が続いている。


(平和だ)


 まるで何も起きていないように。


 あの雨。慟哭。流れていた赤。

──その何もかもが。


『怖いことや悲しいことは見なくていいの。ほら、目を塞いで』


 甘く囁く、セシリアの優しい声が耳に響く。


 彼女はいつでもそうやって、まるで悪魔の誘惑のように──残響のように耳に残る声は、どこまでも瑠花を甘やかす。


(──でも)


 瑠花は静かに首を振る。

 もう見なかったことにはしたくない。


『理解したのなら──』


「──歩き出せ!」


 ポツリと言葉を落とした瑠花に、二人が振り返る。


「何か言った?」


「なんでもなーい」


 笑って返事をすれば、二人ともゲームに戻っていく。


──ピチューン!!


「あぁ!!」


「はっはっは!」


 楽しそうだ。

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