第12話 正しい世界
「ん?」
SNSに視線を戻したところで目に付いたのは、モンスター一覧だった。
動物みたいなものから、恐竜みたいなもの、何だかドロドロしたものなど様々な形をしている。
そしてどれも目が赤黒く光っていた。
(神殿の外にはこんなのいるの?)
なんとも言えず不気味だった。
この色はなんだか、不吉な記憶に繋がりそうで。
「なになに……?」
街から出て少し進むと安全区域の外に出る。そこでモンスターが現れるらしい。
(ボクは街どころか、神殿から出たこともないから……)
──と思ったところで、再びKO!の音が鳴った。
「瞳子ひどい~。瑠花、交代してー」
瞳子にボロボロにされた初心者の麗奈は、ゲッソリとしながら瑠花にコントローラーを渡す。
「はいよー」
返事をしながら、瑠花はメインページに戻しておくのだった。
そんな楽しい時間を過ごしたあと、三人並んで布団に入り、喋ってるうちに徐々に瞼が落ちていった頃。
瞳子が語る夢の世界の話を興味津々に聞く麗奈。
世間のテレビも楽しそう。
もし、瑠花が見た夢が彼らの指す夢の世界と別なら?
──きっとすごく楽しかったんだろう。
そんなことを考えてしまったからかもしれない。
「…………はぁあ!?」
──気づいたら白亜の神殿で。
瑠花はウルドの姿をして立っていた。
「な、な──」
(なんでーー!?)
瑠花の叫びは風に乗り、神殿にこだましていく。
「う、うう……くっそう!」
頭を抱えしばらく唸ったあと、瑠花は睨むように顔を上げる。
まるで魔王の城に挑むような、そんな覚悟を持って──
ウルドの記憶では、前世の世界には女神がいたとされている。
今、瑠花が立っているのは、その女神に祈りを捧げる聖堂だ。
清涼な空気が漂う空間は、どこか外界と切り離されたように静寂に満ちている。
──毎朝ここでお祈りするのが日課だった。
「……」
瑠花は聖堂の奥に立つ女神像を一瞥し、そのまま扉に手をかけた。
じわりと汗が滲む。
それを無視して瑠花は口元に笑みを浮かべ、挑むように扉を見つめる。
「これが夢か現実か、確かめてやろーじゃん……!」
そして一気に扉を開けた。
廊下に出て、まるで不審者のようにキョロキョロと辺りを見回す。
(麗奈と瞳子がいたりは──しないか)
一縷の望みをかけてみたが、廊下には誰もいない。
肩を落として小さなため息をつく。
神殿の空気は凛として冷たく、瑠花はふるりと肩を抱く。
セシリアがいたら?
皇帝がいたら?
──またあのシーンを見せられたら……?
瑠花はギュッと手を握りしめる。
(だから?)
それがどうしたと自分に言い聞かせる。
たかが不倫現場だし、なんなら今は瑠花の恋人でもなんでもない。
「……いっそ殴れば良いんじゃ?」
顎に手を当て、瑠花は不穏な言葉を口にする。
倒せば怖くない。敵は倒せとライトカイザーが言っていた。
「ふふ、ふはは……」
瑠花は胸に渦巻く恐怖と不安に不敵な笑顔で蓋をして、一歩一歩と歩みを進めた。
ややあって──。
「…………いや」
瑠花は道に迷っていた。
(えええ、神殿の中ってこんなにややこしかったっけ!?)
似たような廊下が多いし、そもそもウルドの時代に入ったことがある部屋は少ない。
確かに記憶にある風景ではあるのだが、知らない部屋を覗いたり、通路を通ったりしてみた結果、迷ったのだ。
「自分の記憶の中ってことなら迷うはず……ないよな?」
(ないよね?)
誰にともなく問いかけるも、当然答えがあるはずもなく。
廊下に部屋が並んでいたので、瑠花は手近な部屋を開けてみる。
「ふむ」
質素な執務室に見える。神官たちが仕事をする場所かもしれない。
整頓された机もあれば雑多に物が置かれた机もあり、人だけがそこにいない。
なんだか不思議な感じだった。
散々迷ったあと、見知った花畑に出た瑠花は小さくガッツポーズをした。
「うう、永遠に彷徨うのかと思った……」
泣き言をいう瑠花の元に、柔らかな風が吹いてくる。
漂う花の香りはどこか甘く、懐かしさを感じるのを止める事はできなかった。
「……」
ウルドが一番好きだった場所だ。
優しくて穏やかで、嫌なことなど何もない美しい箱庭。
──けれど。
(なんか……)
こんな花畑だっただろうか。
確かに綺麗な場所なのだけど、小鳥も飛んでいるのだけど。
「普通だ」
ウルドの時はあんなに輝いて見えたのに。
輝いていてほしいと思っていたからだろうか。
──見たいものだけを見ていたから……?
「……」
瑠花は静かな気持ちで、一度ギュッと目を閉じてみる。
そして大きく息を吐きながら目を開ける。
見える景色は──もう美しく変わったりはしなかった。
***
「朝が来るって素晴らしいよね……」
朝日を見ながら瑠花は呟いた。
「え、は?」
「何言ってんの……?」
瞳子と麗奈に見つめられ、瑠花はえへへと笑う。
「会いたかったよ、マイフレンズ~!」
「え!? ちょ、なに!?」
瑠花はぎゅうぎゅうと二人に抱きついた。
半分寝ぼけた瞳子は寝直し、麗奈は引き剥がそうとしてもがいている。
閉じ込められたのではと不安を感じていたが、夢の世界は瑠花をあっさりと解放した。とはいえ、かなり長い時間迷っていたのだが。
目が覚めた時に横に友人の顔を見つけてどれほど安堵したことか。
麗奈と瞳子に確認をしたが、彼らは普通の夢すら見ていなかった。
眠る間際に『楽しい夢なら入ってもいい』とか考えてしまったせいだろうと瑠花は結論付けた。
(もう絶対、寝る時に夢の世界のことなんか考えないぞ……!)
断固拒否の意志を強く持つことにする。
「あ、そうだ」
帰りの準備をしていると、麗奈が思い出したように声を上げる。
「瑠花、これ渡そうと思って……前に見たがってたでしょ?」
「ん?」
麗奈は気まずそうに地域情報紙を瑠花に渡す。
「これ、ほら、智哉くん載ってるから」
「あ……」
だいぶ前に、智哉が自慢してきたことがあった。
野球部の試合で優勝したから、地域情報紙に載ったのだと。
見る約束をしてたけど、忘れていた。
「ありがとう」
「うん、たぶん見れてないだろうなと思って。......つらかったら、あとで渡せるようにするけど」
「いや、大丈夫」
ズキリとする胸の痛みを感じながら、ペラペラとページを捲っていく。
(あった……)
写真はどれも笑顔がいっぱいで、この少年がもういないのだということは想像もできなかった。
夕陽に照らされた野球少年は、立派にインタビューに答えている。
じわりと涙を滲ませて地域情報紙を抱きしめる。
そんな瑠花を麗奈はそっと抱きしめ、瞳子は不器用な手で頭を撫でた。
まだまだ暑い、夏の日だった。
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