第3話 鏡に映る"わたし"
瑠花には前世の記憶がある。
そんなことを言えば、大抵の人は笑うだろう。
瑠花だって、誰かに言われたら「漫画のネタ?」と聞くと思う。
自分が体験しているからこそ理解できるというのは往々にしてあることで、だからこそ──これは瑠花にとってトップシークレットなのだ。
「漫画とかだとさー、転生すると大体こう、なんかすごい能力持ってたりするじゃんか。なのにさー」
(どうしてボクは補習なのー!?)
登校日──という名の補習日、瑠花は教室で管を巻いていた。
机に突っ伏してボヤくと、教科書の
「……どしたん? 話聞こか?」
話したいのは山々だし今更奇人変人として扱われても気にならないが、それでも人それぞれ、話しにくいセンシティブゾーンというものはあるのだ。
「むー、世は無情……」
「諸行無常?」
「それ違うやつ」
「えー、瑠花が落ち込むとか世も末じゃん! これは合ってるっしょ?」
榛名はギャルだ。
勉強は苦手でオシャレが好き。髪の毛を染めてネイルをつけて──生徒指導室に呼ばれて、夏休みの現在補習に来ている。
「合ってるっちゃ合ってるけど、ボクが落ち込むだけで末になる世は問題じゃない!?」
それに別に落ち込んでいるつもりはない。
ちょっと勉強に疲れて夢見が悪いだけである。
「あ、じゃあ可愛くしたげるー!」
榛名はカバンからヘアアイロンを取り出した。
「なんでそんなもんが出てくんの!?」
「このあと渋山に遊びに行く予定だし」
「勇者過ぎない!?」
榛名はカバンからさらにブラシと整髪剤を取り出す。
(四次元ポケット!?)
「いやいやいや、いらないって! ボク可愛いのとか苦手だし!」
咄嗟に隣の席の親友の影に回り込む。
横の席で我関せずと居眠りをしていた女生徒──
「私だって、可愛く『えー、わかんなぁい、困るぅ』とか言ってる女は殴りたくなるぞ」
「今してるのそういう話じゃないなぁ!? あと、物騒!!」
瞳子はこう見えてクラス一の美少女である。
声を僅かに高く出しながら、手を口に添えて悲しげに眉を下げ『わかんなぁい』を言った彼女は、同性の瑠花ですら可愛らしく見えた。
(ボクの周りの美人は、みんなぶっきらぼうさんだな!?)
「えー。二人はもう少し可愛くしてもいいと思うけどなー。絶対素体はいいんだから」
いい笑顔でにじり寄る榛名。
「やるならトーコを!!」
「おい」
「えー」
瑠花と瞳子が間髪入れず答えると、榛名は不満そうに口を尖らせた。
「まあ、でもー。今日はスペシャルアイテム持ってるんだよねぇ」
榛名はニヤリと笑うと、カバンから二つのアイテムを取り出した。
「はっ! そ、それは……!!」
瑠花がガタリと席を立つ。
彼女が手に持つのは、ファッション雑誌の付録としてついていたライトカイザーのアクリルキーホルダーである。
「カイザアアア!!」
「うるさい」
べしっと瑠花をチョップする瞳子。
「髪の毛とかやらせてくれたら、それで今日を過ごしてくれたらこれあげる~。可愛いは正義だよ、カイザーは正義でしょ~」
「カイザーを引き合いに出すなんて……ぐおお、卑怯なりぃ!!」
「おー、お主も悪よのぉ」
通りすがりのクラスメイトが合いの手だけ入れて笑って通り過ぎて行った。
ノリがいいのはいいことだ。
榛名も勝ち誇った笑みを浮かべている。
「ほらほら、髪の毛やらせなさ〜い」
「ふぇあ、いやじゃ~!」
机にしがみついてイヤイヤいう瑠花に、榛名はさらにカバンを漁る。
「でー、トーコにはこれね」
出てきたのはチケットのようなものだった。
「お」
近所のパン屋の整理券だ。
朝一番に並ばないと入手できない大人気パン『デラックスファンタジー』の整理券である。
「デラックスじゃん、どしたん、これ」
瑠花も初めて見る整理券である。
「なんか、ママがあそこの奥さんと友達になったんだって」
榛名の言葉に頷きながら、はたと気がつき瞳子を見る。
あの食いしん坊美少女がこれに食いつかないはずもなく……。
「──さあ、早く髪をやれ。瑠花のことは私が取り抑えよう」
すでに椅子に座って、榛名のブラシと整髪剤をセッティングした瞳子がキリッとした顔で二人を見ていた。
「んああ! トーコの裏切り者ぉ!!」
教室に、瑠花の悲痛な声がこだましていった。
***
中学からの帰り道には大きな公園がある。
遊具が縮小傾向だったり、ボール持ち込み禁止という公園が多い中、この公園は割と開放的だ。
夏の花火なども許可してくれる。
今もキャッチボールをする小学生がいる。
(お、智哉君だ)
その他のメンバーにも見覚えがある。
何度か瑠花も一緒にやった小学生の友人達だ。
とはいえ──。
(今日は髪の毛これだし早く帰ろ)
せっかく可愛くしてくれた榛名には申し訳ないと思うが、瑠花にだって選択権がある。
ライトカイザーのためと言い聞かせながら足早に去ろうとしたが──。
「瑠花!」
「Oh……」
瑠花は天を仰いだ。
「今帰るのか? なら一緒に──って、誰!?」
「ひどい! ボクだよ!?」
智哉は瑠花を上から下まで眺め、横から覗き、左から覗き、もう一度じっと見て目を見開いた。
「……え。マジ?」
「ぐぬぬ、友達に髪の毛やられただけだよ」
瑠花が唸っていると、他の子達も集まりだしてしまった。
(くっそー! 榛名ぁ!)
「え、その友達プロの仕事かよ」
「いや、もう、ボクは何を突っ込めばいいの?」
「メガネどこいった?」
智哉は無遠慮に顔を凝視した。その目にはありありと驚きが滲んでいる。
「取られたよ。今日はこれで生きていけって」
「え、瑠花ちゃん見えんのー?」
ワイワイと群がる小学生達。
「元々そんなに悪くないからね」
「じゃあ、普段もいらねーじゃん。そのままのが、かわ──」
「……」
智哉は言いかけて、慌てて顔をそらす。
「そーだよ、いらねーじゃん」
「もったいねーよなぁ」
その横でワイワイ言う小学生男子に、瑠花は少々ゲンナリする。
「へーへー。ボクはボクなんで。んじゃ、帰──」
「あー! オレも! 帰るから!!」
智哉がワァっと割り込んでくる。
怒鳴ったせいか耳まで赤い。
「?」
なぜか怒りながらついてくる智哉に、瑠花はしきりに首を傾げた。
(そりゃあ、ボクだって……)
鏡を見て絶句した。
映った姿に、泣けばいいのか笑えばいいのかわからなかった。
だって、あまりにも──
鏡に映るのは、サラサラのショートカットに目鼻立ちがはっきりしたかわいい女の子。
(うっわぁ……こんなに似てるのか)
それを瑠花は苦い面持ちで見つめていた。
幼いころから夢の中で見続けてきた「白い少女」と同じ姿をしていたからだ。
これを見たくないから、メガネをかけて髪もボサボサ適当ショートにして──それなりに努力してきたのに、と瑠花は恨めしげに鏡を睨む。
(まあ、努力とは言えないかもだけど)
この顔は、あまりにも嫌な記憶を呼びすぎる。
──『大好きよ、ウルド』
(ほら……)
ウルドを呼ぶ彼女の言葉が蘇って、身体が固まる。
ふわりと笑顔が見えそうになって──気がつけば、取られたメガネを探していた。
手が動いて空を切る。
(だから嫌だったんだ)
嫌な記憶を振り払うように、瑠花はギュッと目を閉じた。
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