第2話 夢という名の異世界



 瑠花にとってヒーローとは『負けない』存在だ。

 どんな過去にも負けない──そういう光の存在。


 子供向けなのに誰の心にも響くその生き方は、純粋にかっこいい。





──ジャジャーン!


 デパートの屋上ステージにスポットライトが点る。


~~宇宙の一番輝く星からやって来た!


 ライトカイザーのテーマ曲が流れれば、騒いでいた子供達も水を打ったように静まり返る。


~~ライトカイザアアア!!


 自分の星を滅ぼした宇宙ギャングを追いかけて、遥々地球にやってきた!


「カイザーー!!」


 わぁ!!と子供達が一気に盛り上がり、瑠花も受験の神を殴り飛ばす気持ちで腕を振り上げる。




 日曜日──

 瑠花と智哉は、両家の母親コンビに連れられて、ライトカイザーショーにやってきていた。



「諦めてはいけない! この胸に宿った星は──誰にも消せはしない!!」


『そうじゃ。諦めたらしまいじゃよ』囁く受験の神。


 もちろん瑠花の脳内に巣食う受験の神も一緒だ。帰ってほしい。


(やめろおお! カイザーを穢すなああ!!)


 声なき叫びが会場にこだまする。




 会場は凝った装飾も多く、人気ヒーローショーということもあって夏の屋上だというのに人が溢れている。


「滅びるがいい、ライトカイザー!!」


 ライトカイザーは地球では思うように動けず、敵対するダークシャドウによって毎回苦戦を強いられる。


「くっ……このままでは……!」


『受験に落ちるぞ?』


(受験の神ィ!!)

 心底やめて欲しい。


 その時、カッとライトカイザーの胸元が光り、熱狂の中、会場の裏方からキラキラとラメのついたゴムボールが飛んでくる。


──うおおおお!!!


 声援が一際大きくなり、会場の盛り上がりは頂点に達した時、ボールは落ちてきて瑠花の手の中に収まった。


(あ、やべ)


「負けるな!! カイザーー!!」


 周囲の声が大きくなる。


 瑠花は覚悟を決め、大きく息を吸い込む。


「ボクらの想いを受け取れ! ラァイト!カイザアアア!!」


 瑠花がボールを空にかざして叫ぶのと同時に会場全体が叫ぶ。


 まるで声で揺れるかと思うほどの叫びに、ライトカイザーは再び光に包まれた。


「うおおお! 君たちの想い! 受け取ったー!!」


 ライトカイザーの必殺技が炸裂し、宿敵ダークシャドウと、ついでに受験の神が吹き飛んでいく。


~~チャラ~ン


「心に星がある限り──私は戦い続ける!! みんな、ありがとう! 光の子よ、ありがとう!」


 軽快な音楽が鳴り響く中、ヒーローは決めポーズを取り颯爽と飛び立つ。


「ありがとう! ありがとう!! カイザー!!」


(受験の神をぶっ飛ばしてくれて!)


 瑠花と子供達は思い思いに叫びながら、熱烈な喝采を送り続けた。





「くそー! 今日こそオレが受け取るつもりだったのに……!!」


 デパートの屋上のヒーローショーが終わり、子供達は大人に連れられてパラパラとその場を離れていく。

 その中で智哉は悔しそうに瑠花を見た。


「はっはっは! ま、日頃の行いってやつだよねー」


 瑠花は得意気に胸を張る。


 ゴムボールは、ライトカイザーに力を送る光の子役を決めるクジみたいなものだ。

 光の子は何か叫ばなきゃいけないし、正直少し恥ずかしい。ましてや小さい子に囲まれて中学生がやることではないと思う。


(まあ、そもそも光の子自体が苦手ってのもあるけど……)


──いや、もう、これは単に『聖女』と近いイメージ全部苦手なのかも。


 もちろん、光の子は何も悪くないのだけど。


「まあ、むしろ? 俺の場合は俺自身がライトカイザーみたいなもんだから? 瑠花に譲ってやったんだよ!」


 減らず口を叩く小学生である。

 瑠花はゴムボールをポンっと投げてからキャッチして、ニヤリと笑う。


「なるほど? ボール受け取れなくても、ライトカイザーは無敵だもんねー?」


 一瞬黙った智哉は、次の瞬間拳を握った。


「あー! なんか腹立つー!!」


 智哉の叫びがざわめきの中にこだまして、ケラケラと笑う瑠花だった。





 エスカレーターは吹き抜けをくだり、地下までぐるりと続いている。

 屋上からひとつ降りたところには、近所で一番大きな本屋があった。


 そこから見知った人影が歩いてくる。


「あ! せつさん!」


 思わずエスカレーターの順路から外れて手を振る。


「ん? ああ、瑠花か」


 瑠花の家庭教師である相澤節あいざわせつだった。笑って手を振り返してくれる。


 ちなみに、裏で『鬼家庭教師』と呼んでることは秘密だ。


 瑠花が駆け寄ると、その横の人物もにこりと微笑む。その人物には見覚えがあった。


「あー! 京介さんじゃん! 久しぶり!」


「瑠花っち、ひさびさ~! 隣の子ははじめまして~☆」


 挨拶をすれば別のことをしててもウインクして返事をする、このノリの軽い人物は名倉京介なぐらきょうすけ


 非常にチャラいが、こう見えて節の恋人だ。今も仲良く手を繋いで歩いていた。


「デート~? ボクは毎日勉強漬けだっていうのにぃ」


 節はバツが悪そうに手を離したが、その手を京介があっさり繋ぎ直す。


「あー、本屋に行くのか? 参考書なら一緒に選ぶぞ?」


 若干恥ずかしそうに顔を赤らめた節は、急に家庭教師モードに変わる。


「あー、いやいや、えーと。あ! 節さんは何買ったの?」


(やめて!! 今日は楽しい気持ちで終わりたい……!!)


 瑠花の言葉に、コホンと咳払いして節は三冊ほど本を取り出す。


『図解!ヴォイドの世界!』からはじまって、似たようなタイトルが並んでいた。


「あ! ヴォイド情報?」


 横から智哉が声を上げる。


「ああ。最近この手の本が増えたから、気になってな」


 智哉の言葉に節は頷いた。

 この二人は何度か瑠花の家で顔を合わせたことがあるので、智哉も気軽に本を覗き込んでいく。


「うちのクラスにもハマってるやついる」


「その言い方だと、智哉君は行ったことない感じ~?」


 京介が首を傾げれば、智哉は不満そうに頷いた。


「ない。つーか父さん厳しくて。『お前にはまだ早い!』って、酒みたいなこと言ってんの」


「うはっ! さすがおじさん」


 瑠花が爆笑すると、智哉はジト目で瑠花を睨む。


「厳しいんだな。だが心配してるんだろうし、ちゃんとお父さんの言いつけは守るんだぞ」


 節の言葉に智哉は口を尖らせる。


 瑠花もチラッと本を覗き見る。


(夢かぁ...)


「まあ、VRゲームみたいっていうもんねぇ。異世界に入れるとか言われるとヤバいよね」


「面白そうだよな! ゲームってだけで父さん良い顔しないからなぁ、くそー」


 眠れば誰でも入れる“もうひとつの世界”。

 ゲームのようだと喜ぶ人もいれば、眉をひそめる人もいる。


「ロマンあるよな」


 節も頷き、ゲーム好きの京介は本をペラペラ捲る。


「でも、反対運動とかあるんでしょ?」


 瑠花の言葉に、京介は手を止めてパチンとウインクした。


「まあ、問題起きるならみんな一緒ってことで、なら楽しむのもありよりのありだと思うんよね~」


 その京介の軽いノリに、節がチョップする。


「こら、子供たちを誘惑するんじゃない」


「あはは☆ めんご!」



(まあ、理屈がわかんない世界は心配になるよねぇ)


 楽しそうだからと、それだけの理由で入ってしまう人が多いのは事実。


「……」


 現に瑠花も一度だけ、実は行ったことがある。


 いつも見るリプレイのような夢ではなくて、確かな手触りがある──その異世界に。


(そのはずなのだが……)


 そこで見たのは楽しいファンタジー世界ではなく、白亜の神殿。そして──


 瑠花は楽しげに話す三人の後ろで、小さく首を傾げる。


 夢の世界……確かにそのはず。

 でも瑠花が目撃したものはどう見ても……。


(いや)


 考えを止め、瑠花は眉を寄せて目を閉じる。

 あの世界のことを考えるのはやめよう。


 夢の世界で瑠花の姿がウルドになっているからといって、悩む必要はない。


(ボクはちゃんと『違う自分』になっている)


 どうせ二度と行く気はないのだから、関係ない話なのだ。


 受験の神をぶっ飛ばし、瑠花はスッキリした気持ちで腕を伸ばした。

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