ep4-5
カタンコトン。ロビーカーの温もりと柔らかい生地に身体を任せっきりの私は軽やかな客車の足音で眼を覚まし、首筋を滞留する快楽の余韻に浸りながらも丸まった兎が驚き跳ねるように立ち上がりました。
「良い寝顔。よく眠れた?」
「あ、あああ主様ぁー」
泣きつくように胸へ飛び込みます。平らで冷たくて一気に眠気を覚ます最強のアイテム。
「怖い夢でも見たのかそうかー」
記憶が蘇っただけで悪夢ではないです。けど、ちょっぴり安心感を得たいというのは少なからずあった感情でした。
だって辿ってきたレールが本当に実在したのかどうか、不安になってしまったんですもの。
「怖い夢じゃないんです。昔のことが蘇ってきて、懐かしんでいたと言いますか、主様は今ここにいるのだと確かめたくて」
二年の月日は高速列車のようにあっという間に過ぎ去りました。旅を続けた主様の雰囲気もちょっぴり大人びましたが、見違えるほど変化があったのは私の方です。
背は主様を優に超えて、薫さんに迫る勢いで伸びました。華奢な体格はそのままで縦に大きくなった感じ。スラっとして凛々しくもなりました。自分で言うのも少し気恥ずかしいですがね。
「薫と美喜恵は新津から乗るってさ」
「また遠い所に」
お屋敷での出来事の後日談私と主様は二人と顔を合わせていません。湯楽屋を出てすぐ、薫さんは湯楽屋でいつか語っていた「私と主様を題材にした小説」の原稿執筆を始め、美喜恵さんもそれを後押しする形で三ヶ月ほど残っていたそうです。
タイトルは『ブラッディロードのセレナーデ』。吸血王女の夜曲という意味合いが込められていて、テンポの良い会話劇とラノベ調の軽快な展開で織り成される吸血王女と自分に自信がない少女の物語でした。
私のモデルは勿論後者です。旅する前の自分を振り返ると肴にもなりそうですが、あの頃を懐かしむのはまだ時期尚早でしょう。
話を薫さんに戻しましょう。短くも濃厚な旅路の経験を得た彼女は最強でした。まさに水を得た魚。ゼロから始めたいという要望で新人賞に送り出した彼女の作品は奨励賞という二の舞を踏むような結果でしたが出版から僅か数週間で好評を博して瞬く間に重版。一躍世間の注目を浴び、たった数年でベストセラー作家の仲間入りを果たしたのです。
何時ぞや電話口で私や主様の関与を疑ったみたいですが、大衆の意識を操作できるほどの能力は持ち合わせてないと弁解したとき、プスっと吹くように笑っていたのを鮮明に覚えています。
そして、今は彼女も旅の中でネタを見つける(という大義名分)立派なトラベラーになり、全国を転々としているみたいです。仕事には誠実な方なので決して編集さんとか原稿から逃げてるわけじゃないですよ?
美喜恵さんは相も変わらず湯楽屋で余生を送っていたと言いますが、主様の誘いに二つ返事で答えて飛んだそう。ただ、肝心な列車も居場所も伝えてなかったみたいで薫さんと行動を共にしていたらしいです。
このお方は……とちょっぴり呆れていると到着のチャイムが車内に奏でられます。
オルゴールの柔らかい旋律で奏でられた『ハイケンスのセレナーデ』が新津到着の報せ。そして汽笛が一声轟くと緩く前に傾いて減速していくのでした。
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