ep2-3
薄黒く厚い雲が空を閉ざす空の袂、列車は北海道では最初の停車駅でもある第二の都市『函館』に到着します。
函館で降りる予定の私とクリスカさんは早々に荷物を纏めて扉を潜りました。
色違いのフレアスカートですがこの酷寒には一枚の布にも勘定できず、防寒用のウィンドブレーカーに着替えてしまいました。せっかく気に入っていたのですが、命に関わりますから仕方ありません。
すると外では分厚い作業着に黄色や緑のベストを羽織った係員の方々が忙しなくホームを行き来している姿が目に映り込みました。
「何やら騒がしいのですね」
「機関車の付け替えをやってるのよ」
「付け替え?」
「そう。青森で交代した青函トンネル用の電気機関車からディーゼル機関車にバトンタッチするの」
「ディーゼル機関車?」
「ガソリンとか化石燃料を燃やして動く機関車のことだよ。函館から札幌までは電線ない区間が多いからほとんどの列車がディーゼルエンジンを積んでいるのだ」
「へぇ。そんな特色が」
関東では既に絶滅しつつある気動車が北海道では沢山走ってるのだそう。博学なクリスカさんが誇らしげに、そして楽しそうな面持ちで語る姿に私も寒さが吹っ飛んで聞き入っていました。
「まだ発車まで時間あるし、行きたい場所があるんだけど」
「えっと。今日は函館のホテルでってお話でしたよね? キャンセル致しますか?」
「いやいやここで済むよ。実はな、ディーゼル機関車にはデッキがあって、そこに乗らせて貰えるんだ。今日の機関士さん知り合いだし、一緒に写真でもと思ったんだけど」
「行きます! いえぜひ一緒にお願いします!」
「すんごい勢いで即答したね吃驚した」
きっとクリスカさんは自分が手を引いて強引に連れていくのを想定していのでしょうが、逆でした。私が手を引き、走り出します。
函館駅は終端式ホームと言われる、片方に車止めがある行き止まりの駅でした。乗ってきた列車は先頭と最後尾を反転させて終着の札幌を目指します。
大海原のミッドナイトブルーに銀の流れ星を引いた二両の大型ディーゼル機関車がエンジンの重低音を唸らせて、発車の刻を見計らっていました。
横では客室アテンダントの方と思しき女性が寄せては返す人の波を誘うように声を掛けています。
許可を取って、そんな旅のトリを飾る機関車のデッキに失礼して、シャッターを一回、切って貰いました。
「ありがとうございます。でも良いんでしょうか?」
「構いませんよ。せっかく列車の旅を選んでくださったんですから、その思い出になれば」
アテンダントさんは気さくに応じてくれますが、普段は立ち入れない場所に入った時、たとえ許可があっても罪悪感があるのはなぜでしょうか。
「いやぁ毎度の事とはいえ、血が沸騰してくるよー。あっ私、吸血鬼だけど」
クリスカさんはユーモアで口が綻んでいて、穏やかに笑っていました。
発車の準備が整って撮影会が終幕すると、ハスキーな警笛を一声して二両の機関車は力強く一面の雪原に埋もれた線路を走り出しました。
青色一色に染まった十二両の客車列車は薄赤いテールランプの光跡を残して消えていきました。
軽く身体を伸ばすと、一瞥して足早に駅舎へ入っていきました。寒さで震え始めた私の身体を憂いでくれたのでしょう。気づけば鼻水が凍り掛けていて、それを見てハンカチを差し出してくれます。
「ほら、鼻水拭きな?」
「すいません。お気遣い頂いてしまって」
「そういう時はありがとう、だよ。謝ってどうするのよ」
虚を突かれ、困惑しながらも居直しました。
「あ、ありがとうございます」
「そう。良い子ね光莉」
そう言って、クリスカさんが額に軽い口づけをすると、それに気づいた周りの人達から刺さるような視線がありました。
「あ、あの」
頬に熱を感じてそっぽを向き、引かれるがままクリスカさんの往く道を辿ります。
「眷属の額にキスするのくらい、何てことはないでしょう? 照れる所が見れたのはちょっとしたラッキーだと思ったりしたけど」
とても不思議そうに尋ねて、私の顔を覗き込んできました。
「時と場合があります! 大勢の目の前であのようなはしたないをされては」
「怒ってる?」
「怒ってなんていません! けどお淑やかにと」
「いっつも、屋敷で言われてたような怒られ方してる。懐かしいなー」
「はぐらかさないでください!」
そう叫んで私はクリスカさんの手を引いて去ります。念のために言いますけど、照れ隠しなんてしていません。恥ずかしかったのはその通りですが、決して違うと断言できます。
太陽が昇る前に、その逡巡の暇さえ与えられず、雪深い駅のロータリーからタクシーに乗り込んで一路目的地へと足を向けたのでした。
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