第10話 雨月先生のモンスター討伐講座 開講前

2度目の配信がまたしてもバズり、その配信からたった1週間でチャンネル登録者が100万人を突破した北斗は今日、再び渋谷ダンジョンへやってきていた。

…あ、ちなみに行方が気になるだろうマジックバッグだけど、あれはダンジョン省の人に買い取られた。

何でも自衛隊で災害時の支援物資や水の運搬に運用するんだと。悪用じゃないならって俺も喜んで譲ったよ。災害時は道が道じゃなかったりするし、あんな小さなポーチに大量に物資を詰め込めたら復旧だって早いだろうからな。

目的は勿論ダンジョン配信…ではなく、目の前にいる4人組にあった。


「それじゃあ、今日はよろしく頼むよ、フォルトゥナの皆さん」

「はい!お、お願いします!」


今日ダンジョンにやってきて、そしてフォルトゥナの面々が共に行動している訳は2日前に遡る。

さてそろそろダンジョン配信をするか、と各地のダンジョン情報を調べていた北斗の元に一通のメッセージが届いた。


「ん、雅から?どれどれ……クランに顔を出して欲しい?」


何の脈絡もなくただその一言だけが書かれているだけ、時間をおいてみても追加のメッセージが届くわけでもない。

それゆえに若干の警戒がなかったわけでもないのだが、長らく会っていなかったとはいえ同級生でもある雅のからの頼みを無視できるほど北斗は冷たくはなれず。

次の日、北斗の姿はユーフォリアの拠点の前にあった。


「それで、雅は一体なんの話で俺に連絡をしてきたんです?来栖さん」


入り口まで北斗のことを迎えに出向いていた葵に尋ねてみると葵も困惑しているようで首を横に振る。


「申し訳ありません、今回のことは私にも何も共有されておらず……。マスターは時折こうして突拍子もなく行動して私には事後承諾というか、遅れて伝えられることが多くて。今日も北斗さんが私に一報を入れてくれていなければ遅れて知ることになっていたと思います」

「雅、そういうところ変わってないんだねぇ……。なら本人に問いただすしかないってことか」


友人の報連相の出来なさにため息をつきつつ、葵に罪はないとそのまま真っ直ぐにマスタールームへと向かう。

中には雅と…なぜかフォルトゥナの4人の姿。


「雅、これは一体どういうことなんだ?連絡を受けたから来てみたとはいえ、まさか説明も無しなんてことはないよな?」

「マスター、私にも説明をお願いします。私はフォルトゥナのマネージャーですが、今日ここに招集を受けているなんて聞いていませんよ?」

「……言っていなかったか?」


首を傾げながら悪気なく言ってのけるその様子を見て、こういうやつだよなあ……と北斗はため息をつき、葵は頭痛を堪えるように額に手を当てていた。


「マスター……私は一切報告を受けていません。いつも申し上げておりますが、せめて一言伝えていただきたいです」

「昨日俺に送ったメールを見返してみな。クランに顔を出して欲しいしか送ってないから。学生時代からお前は重要な部分を言わないというか、省略する癖あるんだからそこはどうにかしなさいな……。まあ、それは置いといて。今日の要件は?」

「ああ、今日の要件なんだが、北斗にフォルトゥナの指導をしてほしいんだ」

「…………指導?」


予想だにしていなかった頼みに大抵の事には動揺することのない北斗も固まる。

俺に指導?フォルトゥナの子達を?

いや、これがなりたてほやほやの新人探索者ならまだわかるが、この子達は中堅、ダンジョン配信の動画も見てみたけれど戦い方も安定しているしこれといった問題は見受けられない。10代ってことを加味しても相当な実力を持っているだろうこの子達に指導なんているのかね?

本来指導とはベテラン探索者が新人探索者に無茶な真似をさせないようにダンジョン内の進み方、レベリングの仕方を教えるものを指す。素行に余程の問題があるか、監視の必要があるかの特殊な事情でもない限り中堅の探索者が指導を必要とすることはないのだ。

雅の意図が読み取れず険しい顔をする北斗に、ハルト達が慌てて口を開いた。


「あ、あの!僕達がお願いしたいのは指導じゃなくて、図々しいかもと思ったのですが……僕達のレベリングのお手伝いと下層エリアモンスターの討伐方法を教えて欲しいんです」

「レベリングと討伐方法?でもみた限りだと4人ともレベルは3桁超えてるだろう?配信を見た限りでも戦い方に問題はない。なんでそんなお願いを?」


北斗が尋ねれば少し言いにくそうにしていが、やがて覚悟を決めた顔でハルト達が口を開く。


「この前の黒炎龍の時、僕は3人の壁になるのに必死で何も出来ませんでした。今後探索者を続けていく以上、似たような状況にならないとも限らない…そんな時、また何も出来ないままでいたくないんです」

「私もです。攻撃魔法でハルトのサポートをしないといけないのに、私は真っ先に吹き飛ばされて行動不能になった。もしかしたら、動けなくなった目の前でみんなが……って思ったら怖くて……。そんなもしも、体験したくないから」

「……私も。アカネが吹き飛ばされた時、連れて逃げないといけないのに怖くて動けなかった。だから、強くなりたい。モンスターの弱点を把握して、射抜けるように」

「私も3人と同じです。特に私は支援系の魔法を主に使う回復役で、他にも強化魔法をかけないといけない立場だったのにパニックでアカネちゃんに回復魔法をかけることしか出来なくて…強くなれば、きっとそんな事にならないと思うので」


4人それぞれの想いを聞いて、北斗は真剣な表情で考え込む。

確かにこの前、坊ちゃんはかろうじて剣を構えていたけれど茶髪の嬢ちゃん(セイナ)は身体へのダメージが大きくて動けず、他二人の動きも拙かった。

もしも俺が間に合っていなかった時のことを考えると4人の懸念もさもありなん、か。


「……そういった考えなのであれば、断ることもないねえ。いいよ、フォルトゥナの指導依頼受けさせてもらう。あの手の罠は上級ダンジョン以降よく確認されているものだ。罠の対策、モンスターとの戦闘方法、下層エリアでも戦えるレベルに上げる…この辺をしっかりしておけば同じことが起こっても危険は少なくなると思うから」


こういった流れがあり、北斗は今ハルト達と共にダンジョンの入り口に立っているのだった。

自然体で立っている北斗とは違い、ハルト達はガチガチに緊張しているのが丸わかりでまるで今から初めてダンジョンに潜る初心者のような有様だった。


「こらこら、今からそんなに意気込み過ぎたら途中でバテてしまうんじゃないかい?俺もついているし、危険な目には遭わせないから肩の力を抜いてくれていい」

「は、はいっ!!!」

「ありゃ、硬いねえ……」


緊張をほぐすために柔らかい声音を意識して声をかけてはみたものの声は裏返っているし武器をぎゅうぎゅうに握っていてすぐに戦える状態とは思えない。


うーん、どうしたら緊張を解せるかな……ん?


4人の現状を解消するための策を考えている北斗だったが、どこからともなく自分たちを観察するような視線を感じ、目線のみ動かして周囲の状況を観察する。

すると物陰に身を潜めるようにして北斗達、もっというと北斗には負の感情を込めた視線を、ハルト達には決して良い意味は込められていない不快感を感じる視線を投げ掛けている一行を発見した。

男女混合パーティで人数は4人、装備の紋章を見る限りユーフォリア所属の探索者なのは間違いないが、だとしたらなぜこんな視線を投げてよこしてくるのか。

目的が不明瞭でずっと警戒をしていたが、そんな北斗のことは歯牙にもかけずにあまりにも不自然で違和感しかない笑顔を浮かべながらその集団が近づいてきた。そこでハルト達もこの集団に気がついたらしいのだが、その表情はあまり良い感情を抱いているとは思えないものだった。


「これはこれはフォルトゥナの諸君。感心だな?罠に嵌って黒炎龍に殺されかけたのにダンジョンに潜ろうとするなんて」

「ネファストの皆さん……」


声に滲み出る緊張。

このパーティを警戒している?違ったとしても苦手に思っている相手ってことかね。

一瞬でそれを見抜いた北斗だが、流石にここで露骨に止めに入って揉め事を起こせば前回の炎上騒ぎのようにフォルトゥナの面々に迷惑をかけてしまうと二の足を踏む。その間もネファストというらしいパーティの口は止まらず。


「聞いた話だとそこのどこの馬の骨ともしれない余所者が助けてくれたんだっけ?良かったね、弱い貴方達を無償で助けてくれるっていうお人好しで」

「でも流石におっちょこちょいすぎるよねえ?中堅で罠に嵌るなんて。気をつけないと」

「もしかしてちょっと人気が出たからって欲を出したのか?ダメじゃん慢心したら」

「おいおいお前ら、可哀想だろ?そんな意地の悪いことを言ったら。悪いな、フォルトゥナの諸君。こいつら少しばかり素直なだけなんだよ」


嘲笑と共に吐き出される言葉達にハルト達の表情は苦しげに歪む。

北斗がお人好しなのも、罠に嵌ってしまったことも事実。慢心がないとも言い切れないのも事実。

全て否と言いたくても言い切れない部分があるからこそ言い返すこともできずに口を噤んでいるのだろう。

……だとしても坊ちゃん方はそれを痛いくらいにしっかりと理解してる。なのに部外者がやかましく言う筋合いはないだろうに。これ以上は聞くに耐えんしこれ以上聞かせる方が坊ちゃん方への迷惑だ、遮らせてもらうかね。


「坊ちゃん方。そろそろダンジョンに行きましょ?時間は有限、こんなところで無駄に消費しちゃ勿体ない」


ネファスト側の視線から守るように立ち位置を変えた北斗はハルト達の背を押してダンジョンへと進ませる。突然の行動に目を白黒とさせるハルト達だったが、この行動を渡りに船と思ったらしく素直に促されるままダンジョンに向かう。


「さて」


顔だけ振り向かせた北斗の口元には笑み、しかし狐面の奥の瞳は嫌悪感が偽ることもなく浮かんでいる。


「忠告、心配、大いに結構。罠に嵌まるも慢心も確かに注意すべきことだ。……だとしても、その腹黒い笑みは隠す努力をした方がいい。俺でなくても分かる程にあからさまで、みているだけで不快だ」


何が気に食わんのかはわからないが、俺がいる限り坊ちゃん方には手を出させんよ?

相手の返事を聞くことはせずそれだけ言い放って北斗はフォルトゥナの後を追う。

しっかし……どうにも違和感が拭えない。何を企んでいるのやら。

追いついた先で問題ないと安心させるために柔い口調で告げるが、周囲の気配に気を配ることはやめない。

危険な目には遭わせない。

ネファストとやらに声をかけられる前に口にしたこの言葉を違うつもりは毛頭ないからねえ。


「お待たせ。しかし、ネファスト…だったっけ。なんともまあ人の神経を逆撫でするパーティだな。顔見知りなのかい?」

「はい……探索者としても配信者としても僕達の先輩にあたるパーティです。全員がBランクで実力も確かな先輩なのですが……」

「私たちがデビューして登録者とランクを順調に上げ始めた頃からあんな風に目の敵にしてくるんですよ」

「私はあの人たち、嫌い。特にリーダーのタツは、パーティメンバーを止めるフリして全く止めない。新人いじめだったり、戦果の強奪だったり、黒い噂ばっかりのパーティ」

「確か、何度もクランマスターから厳重注意と謹慎を言い渡されているはずです」


見て聞いての通りの人となりってことね。

後輩が人気が出たからの僻みなのか、蹴落としたいのか……今考えても仕方がないか。

今はそんなことよりも。


「それじゃあ、ちょっと予定がズレちまったケド……雨月紫雲のレベリング&モンスター討伐講座、ゆるりと始めて行きましょうか」








あとがき


連日、たくさんの方に読んでいただけでそれだけでも嬉しいのにフォローに応援もこんなにいただいて本当にありがとうございます!!


それこそ最初は果たして読んでもらえるのか、と公開ボタンを押す指が震えていたくらいお豆腐メンタルな作者なのです、はい。


さて、気を取り直して北斗くんはちゃんと先生を出来るのか、私も色んな意味でドキドキしています。暖かく見守っていてください。

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