第16話 一番風呂

銭湯は商店街の隅にあった。その名もキカイ湯。

赤い色の暖簾をくぐり、星は番台に座る中年の女性に挨拶をする。


「こんにちは、栄のおばちゃん。」

「あら。星ちゃん、こんにちは。いい時に来たね、一番風呂だよ。」

「うっふふー。狙ってきました。」


朗らかに言葉を交えて、星はみつきの分と一緒に二人分の入湯料を払った。


「友だち?仲が良いのね。」

「…ども。」


元来の人見知りを発揮して、みつきはそっと視線から逃れるように小柄な星の背後に立つ。全く隠れ切っていないが、ありがたいことに接客業を営む女性はわざと気にしないでいてくれた。


「ゆっくりしていってね。」


笑顔で迎え入れられて、二人は脱衣所へと向かった。

脱衣所にはまだ誰も来ておらず、貸し切り状態だ。それをいい機会にみつきはぐるりと周囲を見渡す。

衣類を入れる木のかご、体重計、季節外れの扇風機。マッサージチェアの隣には様々なフレーバーの乳飲料の販売機があった。模範的な銭湯の脱衣所と言う趣に、みつきは小さく拍手をする。


「どうしました?」

「いや…、絵にかいたような銭湯だなって思って。」

「この辺りは昔からやってるお店が多いですからねー。日本の原風景?みたいな。」


言いながら、星は木のかごに着ていたコートを押し込んだ。


「…鍵とかついてないの?」


棚に裸のまま置かれているかごを見て、みつきは警戒心をあらわにする。


「顔見知りがほとんどだから。怪しいヤツがいれば覚えますよ。」

「ふーん。」


話しながらも、星はどんどん服を脱いでいく。パーカー、Tシャツ、キャミソール…、あっという間に下着姿になった。水色のブラのストラップがするりと落ちて、その白い胸が晒される。


「? 脱がないんですか。」

「あんまり、人と一緒に入ったことがない。」


銭湯の環境に慣れていれば、羞恥心は薄いのだろうか。

些か抵抗感はあるものの、脱がない方が逆におかしい気にもなってくるから不思議だ。みつきは、えいやっと気合を入れて服を脱いだ。


「お、良い脱ぎっぷり。」

「やめてよね…。」

脱いだ衣類を軽く畳みながら、みつきは本気で嫌がる。


「すみません、冗談のつもりだったんですが。まあ、気を取り直して、お風呂に行きましょう。」


星に肩を押されてみつきは、浴場に続く引き戸をカラカラカラと軽い音を立てて開けた。

立ち込める湯気の向こうには富士山の絵が壁に描かれている。浴槽は三つに分かれており、ジャグジーと、あとの二つは温度差で別れているようだった。

体を洗い、まずは温めの浴槽に浸かる。お湯の中で手足が伸ばせる解放感をみつきは得た。

思わず体の芯から零れ出るような溜め息を漏れる。


「ふー…、気持ちいいですね。」


みつきに続いて、星も大きく呼気を吐いた。

じんわりと体が温まり、筋肉のコリがほぐれていくのがわかる。お湯の温度も丁度良く、いつまでも浸かっていられそうだった。

天井高くに設置されてある窓から差す光はまだ明るく、柔らかく湯気に滲んでいた。


「なんか…、贅沢な気分。」


みつきがぽとんと呟くと、星が身を乗り出して同意した。


「そうでしょう、そうでしょう!? みつきさん、これがお風呂…一番風呂の醍醐味ですよ。」


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