星が照らす名誉の真影

 胸の星が、

 強く、強く脈打った。


 その鼓動に呼応するように、

 祠の中は一面、青い光へ満たされていく。


「……っ!」


 目を開けた瞬間──

 世界が変わっていた。


 祠の石壁は消え、

 代わりに巨大な星座の空間が広がっている。


(ここ……どこ……?

 星の中……?

 それとも……)


 足元は透明な星の床。

 空には無数の青色の星々が流れていて、

 そのひとつひとつに“誰かの心”が揺れている。


 その星座の中心に、

 黒い影が絡みついた塊が浮かんでいた。


(あれが……

 街の乱れ……?

 祠の奥で蠢いていたもの……!)


 星光がその塊へと糸を伸ばす。

 すると──

 胸の奥で、もうひとつの光が震えた。


「……来てる……

 星芒の啓示ステラ・レヴェラ……!」


 私の視界に星座が咲く。

 その星座はゆっくりと形をつくり、

 黒い塊の内側へと潜っていく。


(見える……!

 これは……街の“名誉”の記憶……!?)


 光に導かれ、

 私は黒い影の中心へ手を伸ばした。


 触れた瞬間──

 星々が一気に弾け、視界が白へ染まる。


   ◇


 私が立っていたのは、

 昔の黄昏の街タスカ・ディーアだった。


 まだ小さく、

 まだ未完成で、

 決闘場の石畳さえ敷かれていない時代。


(これ……

 街の“名誉”が生まれる前……?)


 そこでは、二人の若者が言い争っていた。


『守らなきゃいけないだろう!』

『でも、誇りを振りかざして傷つけ合うのは違う!』


 周囲には村人たち。

 みんな怯えた顔をしている。


(この場所……知ってる……

 今の決闘広場の原型……)


 もう一度、声が響く。


『誇りのためなら戦う──だから俺は斬る!』

『誇りのために争うなんて……違う!』


 二人の想いは、

 完全に真逆だった。


(この時代から、

 “名誉”に対する考え方が割れてた……?

 この街の誇りは、最初から……)


 ──割れていたのかもしれない。


 胸が苦しくなる。


(争いの始まり……

 これが“ゆがみ”の根っこ……)


『名誉に背く者は斬る!』

『名誉を理由に人を傷つけるなんて──!』


 その瞬間、

 二つの影が火花のようにぶつかり合い、

 世界が歪んだ。


(これが……街の乱れ……!

 名誉の裏側に刻まれた、最初の争い……)


 視界が揺れる。


 祠の闇の塊が、

 まるで“その記憶を鼓動にして”膨らんでいるのが分かった。


(この“古い争い”が、

 夜刃に利用されて……

 今の闇の核になってるんだ……!)


 星光が叫ぶ。


「整えなきゃ……

 このゆがみを……

 整えないと……!」


 私は両手を胸に重ねた。


「お願い……

 星芒の調和スターリー・ハルモニア……

 届いて……!」


 青い星光が放たれ、

 映し出された記憶へとゆっくり、ゆっくり染み込んでいく。


 けれど──


『名誉を守るためだ!』

『名誉は傷つけるためのものじゃない!』


 互いの言葉は交わらない。

 光が触れても、すぐに影が戻る。


「……そんな……

 調和が……弾かれてる……!」


 それは当然だった。


 これはただの小さなケンカじゃない。


(ここは“街の名誉そのもの”……

 誇りの根……

 争いが初めて記録された場所……)


 街が生まれた瞬間の、

 もっとも深い感情の衝突。


 その“歴史の痛み”を整えるには、

 私ひとりの力だけじゃ足りなかった。


 その時──

 星が震えた。


 誰かの声が聞こえた気がした。


『頼む……マオリ殿……』


「……えっ……?」


 振り返ると──

 星光の空間の端に、

 たくさんの“光の影”が立っていた。


 街の人々だ。

 リヴィア。

 決闘場で言い争っていた人たち。

 道ばたで怒鳴り合っていた人たち。

 泣いていた人。

 迷っていた人。


 みんなが、星の中に揺れていた。


『街を……頼む……』

『名誉を……守りたい……』

『争いたくない……』

『誇りを、汚したくない……!』


 涙がにじむ。


(みんなの気持ち……

 こんなに……)


 胸の奥が熱くなる。


「うん……

 みんな……ありがとう……」


 私ひとりの力じゃ届かないなら──


「みんなの想い……

 貸して……!」


 これが、街の名誉。


 争いの記憶も、

 誇りの痛みも、

 優しさも、

 全部ひっくるめて“名誉”なんだ。


「お願い……

 もう一度──!」


 私は両手を広げ、叫んだ。


「光よ……!

 星芒の調和スターリー・ハルモニア──!!」


 青い光が、

 私ではなく──

 “街のみんな”の想いで大きく膨れあがった。


 星座が激しく輝き、

 古い争いの記憶へと流れ込んでいく。


『誇りに傷がついたっていい!』

『名誉を守りたいだけなんだ!』


 影が光に包まれていく。


『……だったら……話せば……よかった……のに……』


『守りたかったから……

 言えなかったんだ……!』


 初めて、

 二つの声が重なった。


 次の瞬間──

 黒い影の塊が光の粒へと砕け散った。


   ◇


 祠の現実に戻った時、

 私は小さく息を呑んだ。


 闇の核は消えていて、

 剣聖が静かに剣を下ろしていた。


「……マオリ。

 やったな」


「剣聖さん……!」


 膝が崩れそうになった私を、

 剣聖が支えてくれる。


 祠の中には、

 もう黒い影はどこにもなかった。


「街の“名誉の乱れ”は……

 あなたが整えた。

 見事だ」


 胸の星が、

 静かに満ちていく。


(よかった……

 本当に……)


「さあ、戻るぞ。

 街が光を待っている」


「……はい……!」


 外へ向かうその時──

 祠の奥から、風が吹いた。


 微かな闇の残滓が、

 最後に息を吐くみたいに揺れて消えた。


(夜刃……

 これで全部じゃない……

 でも……絶対に負けない……)


 私は夜風を吸い込み、

 足を踏み出した。

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