星芒の啓示が映す影

(……だめ……!

 これ以上、祠を触られたら……

 街ごと壊れる……!)


「剣聖さん!」


「分かっている。

 ここが限界だ……!」


 剣聖さんは剣を構え直し、

 闇の男へ駆け出した。


 私は──


「……星のみんな……

 お願い……!」


 胸に手を当て、

 星の呼吸を整えた。


(見せて……

 本当の……“誓い”を……)


「│星芒の啓示ステラ・レヴェラ──!」


 祠が、

 星の光で満たされていく。


 青い星光が祠全体を満たし、

 世界の輪郭がゆっくりと溶けていく。


(これは……

 啓示……

 │星芒の啓示ステラ・レヴェラが……

 ずっと奥の“記憶”を見せようとしてる……!)


 視界が白んでいく。

 石の祠のはずなのに、

 風の流れる音がした。


 青い光が収束して──

 そこに広がったのは、


 ──昔の黄昏の街タスカ・ディーア


「……ここ……

 街の中心……」


 今より少し古い時代。

 街の建物は同じなのに、

 空気が違う。


 人々の表情には、

 誇りと、決意と、

 でもその裏に……

 かすかな“不安”が混じっている。


(これが……

 街の“深層のゆがみ”……?

 あの闇の核が持っていた記憶……?)


 広場の中央に、二人の若い戦士が立っていた。


 一方は、

 腕に古い傷を持つ男。

 誇りを背負ったような落ち着いた瞳。


 もう一方は、

 若く、強さを誇るように笑っていた青年。


 どう見ても──

 仲が良い。

 兄弟みたいに穏やかだ。


 けれど次の瞬間。


「名誉を……返せ!」


 青年が叫んだ。


 その声には、

 怒りではなく、

 悲しみが混じっていた。


「名誉は奪い合うものじゃない」

「俺は奪ってなどいない!」

「じゃあ……何で俺を嘲笑ったんだ!」


 二人の間に、

 決して埋まらない“誤解”が横たわっているのが、

 星の光越しに伝わる。


(これ……

 夜刃なんかじゃない……

 ただの……すれ違い……)


 でもそのすれ違いは、

 “名誉”という重い言葉に絡まって、

 どんどん大きくなっていく。


 青年は震えていた。


「俺は……俺は……

 ずっと……お前に追いつきたくて……

 なのに……なのに……!」


 兄のような男は

 何かを言おうとしたけれど、

 青年の言葉にかき消された。


「もう……守れない……

 俺の誇りが……!」


 青年は剣を抜いた。


「決闘だ……!」


(だめ……!

 止めて……!

 こんなの……!)


 私は思わず一歩踏み出そうとして──

 足が空を踏んだ。


(……触れられない……

 これは……過去の記憶……)


 兄のような男も剣を抜く。


 でもその手は震えていた。


「……分かった。

 だが……本当に、これでいいのか……?」


「いいんだ!!

 俺が証明するんだ……

 俺だって……!」


 二人の剣が交わった。


 刃の音が、

 青い光の空間に響く。


 やがて──


 青年の剣が折れた。


 落ちた刃の破片が、

 石畳に乾いた音で転がる。


「……あ……」


 青年の目から、

 何かが崩れ落ちた。


「……もう……いい……」

「違う、待て。話を──」

「いいんだ……

 俺は……名誉を……守れなかったから……」


 青年は震える声で言った。


「……俺は……

 お前に嫉妬してた……

 羨ましかった……

 でも……

 認めたくなかったんだ……!」


 その告白は、

 胸を引き裂かれるほど痛かった。


(こんなの……

 こんなの……夜刃じゃないよ……!

 ただの……心の傷……!)


 そして──


 青年が膝をついた瞬間、

 空気が黒く濁った。


 祠の闇と同じ、

 “ゆがみ”が青年の心から溢れ出したのだ。


「っ……!」


 青年の悔しさ、

 惨めさ、

 誇りを守れなかった痛み──


 そのすべてが黒く凝って、

 街の中心に“影”を作った。


(これが……

 闇の核……!?

 夜刃が作ったんじゃない……

 この街の……

 誇りの裏側で生まれた……

 “名誉の傷”……!)


 兄のような男が青年を抱きしめようとして──

 でもそれは叶わなかった。


 黒い影が二人の間に立ち、

 祠の奥へ流れ込んだ。


 その瞬間。

 視界が白く弾けた。


   ◆


 意識が戻ったとき、

 私は祠の中に立っていた。


 光はまだ消えていない。

 ただ、少しだけ震えている。


「これが……

 この街の深層の……“ゆがみ”……」


 過去の少年の叫びも、

 しぼむ誇りも、

 嫉妬も、

 悲しみも、

 全部まだ祠に残っている。


 街の怒りを吸って膨らんだ影の核は、

 “あれ”が原点だったのだ。


(名誉の裏側で──

 こんな痛みが……

 ずっと……眠ってた……)


 胸が締め付けられる。


 だからこそ──

 星芒の調和が触れた時、

 闇が形を持ったのだ。


「……見えたか」


 祠の奥から、

 弱々しい声が聞こえた。


「剣聖さん!?」


 光の揺らぎの向こうに、

 剣聖が片膝をつきながら立っていた。


 その前には──

 影の男の外套が、

 ズタズタに裂けて床に落ちている。


「終わりではない……

 だが……

 “核”は……弱っている……」


「剣聖さん、今──!」


「マオリ。

 見ただろう。

 街の闇は……

 “誰かが作ったものではない”。

 名誉にすがりついた心の裏側で、

 自然と生まれたものだ」


「……」


「だからこそ……

 “光”でしか整えられない」


 剣聖は、

 血を拭うように目を閉じた。


「行け……

 マオリ。

 お前の光で……

 あの影を……」


 祠の奥で、

 闇の核がゆっくりと蠢いた。


 それは──

 少年の泣き声にも似ていた。


「……助けて……」


(……っ……)


 胸の星が強く脈打つ。


(わかった……

 行く……

 星の光で、整える……!)


 私は祠の奥へ、

 一歩、踏み込んだ。

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