第5話 天啓

「――なさい、――きなさい⋯⋯」

「う〜ん⋯⋯誰⋯⋯?」

「――起きなさい、精霊に導かれし者たちよ。」

「⋯⋯うわぁっ!ここはどこだ!?」


暗い深淵の中、リオンの意識が目覚める。

キョロキョロと辺りを見回すと、一面に何も無い空間が広がっていた。


「あなた、どこを見ているのかしら?」


美しい声に操られるように、リオンは即座に声の主の方を向く。

そこには、この世ならざる神々しい光を纏った、純白の衣服に身を包んだ美人が佇んでいた。


(綺麗な人だなぁ⋯⋯一体誰なんだろう?)

「うふふ。綺麗だなんて思ってくれるなんて嬉しいわ♪あなた、私の正体が気になるかしら?」

(なっ!?心を読まれているのか!?)


離れていたはずの女性は、急にリオンの真横にフッと瞬間移動し、妖艶な笑みを浮かべながら、透き通るような手でリオンの頬をそっと撫でる。

リオンは、美しい女性に撫でられた恥ずかしさと、得体の知れない女性への恐怖に板挟みになり、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。


「あら、ウブな子ね♪こんなんじゃ、お連れさんを幸せにすることも出来ないわね。おーっほっほ♪」


揶揄うような表情で、高笑いをする不気味な女性。

リオンはハッと我に返り、アビィの姿を探す。


「アビィ!何処にいるんだ!?居たら返事をしてくれー!」


辺り一面を見回したものの、アビィの姿はどこにもない。

すると、女性はくすくすと笑い出した。


「あら、あの可愛い子、そんな名前だったのね。でも安心してちょうだい。――はい、ここに居るわよ。」


女性が指をパチンと鳴らすと、すやすやと眠っているアビィの姿が急に目の前に出現した。


「アビィ!こんなところに居たのか!探したんだぞ!(ぎゅーっ)」

「う〜ん⋯⋯お兄ちゃん⋯⋯っ!?」


アビィは、リオンに抱きしめられていることに恥ずかしさを覚え、顔が一瞬でゆでダコのようになってしまった。


「あらあら〜♪お二人さん、とーっても仲がいいのね♪」

「――そろそろ僕たちを揶揄うのをやめてくれ!あんたは一体誰なんだ!?」


いつまでもヘラヘラとした女性の態度に、ついに堪忍袋の緒が切れてしまったリオン。


「うふふ。『この私』にそんな口きいちゃって♪じゃあ、そろそろ私の正体を教えてあげる♪」


女性がそう口にした瞬間、何も無かった空間に、突然とても広い部屋が出現した。

そして、押しつぶされてプチッと消えてしまいそうなほど強力なオーラが解き放たれた。


「私の名前はアルタナ。そう、私こそが、この世界の創造の女神よ。」


その名を聞いた瞬間、顔を真っ青にして震えながら抱き合う二人。


「な、なんて事だ⋯⋯僕たちは、精霊に会うんじゃなかったのか?」

「女神様、本当に存在していたのですね⋯⋯」

「――さて、私への無礼。どう落とし前を付けてくれるのかしらね〜?」

「「ひいぃぃぃ!!」」


仏のような顔で威圧するアルタナに、二人は完全に萎縮してしまう。

必死にペコペコと土下座する様子を見て、アルタナは悦に浸った。


「――な〜んてっ♪冗談よ、冗談♪」


気まぐれな女神様に振り回され、一気に肩の力が抜けてしまった二人であった。


「さて、とりあえずあなたたちの今の状況を私が説明してあげるわ。」


アルタナは、二人にどうしてこんな何も無い空間に呼び出したのか説明を始めた。



――アルタナ曰く、リオンは勇者の血を引く者、アビィは女神の力を引く者として、えらく精霊に気に入られたらしい。


「――んで、その精霊達が女神である私の元へと連れてきちゃった~ってワケ♪どう?状況は理解出来た?」

「いいえ、全く。」


いきなり自分の前に世界の創造主たる女神が現れ、『お前たちは勇者や女神の子孫だ!』なんて言われて、すんなり受け入れられる者など居るであろうか。


「そうだと思ったわ。いきなりこんな事を言われても、なんの事やらって話よね〜」


アルタナは、リオンとアビィを見比べつつ、突然話題を変えようとする。


「―――ところで、あなたたちってお互いのことを兄妹だと思っているのかしら?」

「ええ。もちろん。」

「何か間違っているのですか?」

「そう⋯⋯あなたたち、『真実』を知らされずに大人になったのね。本当に可哀想だわ~」


どこからか真っ白なハンカチを召喚し、涙を拭うフリをするアルタナ。


「あの、『真実』って何の事ですか?僕たちは、本当の兄妹じゃないんですか?」

「ああ、それ知りたいかしら?」

「ちょっと怖いけど⋯⋯そこまで隠されていたなら気になっちゃいますよ。」

「じゃあ、ちょーーーっとショックな出来事を見せてあげる。あ、結構気持ち悪いものだからびっくりしないでね。」


そう言うと、アルタナは指を鳴らした。すると、長閑な村の風景が映し出された。


「わぁ〜綺麗な景色の村だな〜♪」


ネコ耳族の村人達が楽しそうに交流し、ショックな出来事の影すらもそこには存在しなかった。

ミリアは、あまりにも不思議なそのビジョンについてアルタナに尋ねる。


「この平和そうな場所が、一体どうなったのですか?」


アルタナは、再び無言でパチンと指を鳴らす。

次の瞬間、村の上空から無数の火炎弾が降り注ぎ、あっという間に火の海へと変わってしまった。

声も音も聞こえないが、豪華が爆ぜ家々が崩れていく中逃げ惑う村人たちの悲鳴が聞こえてくるように感じられた。


「嘘⋯⋯でしょ⋯⋯?」


あまりの惨状に、涙がボロボロと零れ落ちていくアビィ。

アルタナが、次の景色を映し出すと、そこには瀕死の女性が愛する娘を抱えている映像が映し出された。


「この子、ピンク色の髪⋯⋯ネコ耳⋯⋯これって、まさか⋯⋯?」

「もう十分かしら?」


アルタナは、涙で顔がぐじゃぐじゃになったミリアを見て映像をぶった切った。


「ぁ⋯⋯ぁぁ、ママ⋯⋯あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


全てを察したアビィは、悲しさのあまり発狂してしまう。

零れ落ちる絶望の涙は、ぐじゃぐじゃになった顔を無慈悲に照らし出す。


「アビィ、そんな⋯⋯まさか――」

「残念なお知らせがあるの、リオンくん。あなたの分の映像もあるのだ――」

「見たくないッ!!」

「⋯⋯ごめんなさいね。あなたたちには、とても辛いものを見せてしまったわね。」


アルタナは、二人の母親のようにそっと包み込んで頭を撫でた。


「一体、誰がこんな事を⋯⋯くっ!」


怒りに全身が震えるリオン。

その震えの中には、顔も覚えてない親に会えぬ悲しみや恐怖が入り交じっているのを、アルタナはその肌で感じていた。


「――さて、ここからが、私があなたたちに伝えたかった本題よ。この惨劇は、魔王の手先によって引き起こされたの。」

「魔王⋯⋯?」

「少し話が逸れるけど、聞いてちょうだい。私がこの世界を創り出した時、様々な生物を作ったわ。あなたたちのような『ケモ耳族』とか『人間』と呼ばれるものの祖先などをね。」

「それが、魔王とどう関係するのですか?」

「かつて生物が生まれた時、負のエネルギーが怨念となって一箇所に溜まってしまったことがあったの。そこから生み出されたのが、『魔物』と呼ばれる厄介な存在よ。」

「その『魔物』の王が魔王⋯⋯ですか?」

「ええ、その通りよ。厄介なことに、魔王は何度でも蘇るわ。しかも、どんどん強くなっていくオマケ付きでね。」


見知らぬ魔王の存在の脅威を知り、恐怖を覚えるリオン。


「そんなの、どうやって倒せば――」

「もちろん、私が下界に『降りられれば』すぐに滅ぼせるわ!」


アルタナは、得意げに大袈裟なことをあっさりと口にする。


「そうですか。じゃあ、何で未だに魔王は存在し続けているのですか?」

「私が下界に直接干渉出来ないように、謎の力が働いてしまったの…」

(何だよそれ、都合が良すぎるにも程があるだろ⋯⋯)


リオンは、内心呆れ果ててしまった。


「も、もちろん、私も少しは対処をしたわよっ!とある場所に、干渉の制限を解く聖遺物を産み落としたのだけれど⋯⋯」

「それって、どこにあるんですか?」

「忘れちゃって、私にもよく分からないのよね♪てへぺろ♪」

(そんな重要な事忘れるなんて…本当に大丈夫なのか、この女神様は…)


リオンの心の中で、当初は女神様という存在は絶対的で非の打ち所の無い完璧な存在だと思い込んでいた。

だが実際に目の当たりにしてみると、どうにも胡散臭い存在のように感じられてしまう。

最も、そんな事口に出す勇気などリオンには無かったのだが。


「半分は冗談だわ。それで、私はその聖遺物を探す為に勇者の卵を導いているのよ。それが、あなたたちってワケ。」

「僕たちが、勇者⋯⋯?」


突然の宣告に戸惑うリオン。


「あーでも、あなたたちお二人さん、まだすっごく弱いから任せられないわ♪」

「ひどっ!」

「だーかーらー、私が『祝福』を授けてあげるわ。どう?嬉しい?」


リオンの周りを、うろちょろと瞬間移動して回るアルタナ。

何も事情を知らない者からしたら舌を巻くような達人芸なのだが、今のリオンはただただ鬱陶しいという感想以外出てこなかった。


「で、『祝福』って、一体何なのですか?」


リオンは、『祝福』の存在が気になり、アルタナに問う。

すると、アルタナは嬉しそうに目を輝かせた。

「気になるかしら~?この祝福を受けると、もう後戻りは出来ないわよ~?険しい道を進む覚悟はあるかしら~?」

「ああ。少し不安だけど、やるしかないさ!」

「まぁ♪さすがは勇者の卵ね♪じゃあ、祝福として名前を授けてあげるわ♪」

「名前?だから、僕にはリオンっていう名前が――」


アルタナはいたずらっぽく、何かをを言いかけたリオンの口を人差し指で塞ぐ。


「あの名前じゃ、勇者になんてなれないわ。さて、久しぶりの名付けだから張り切っちゃおっと♪」


そう言うと、アルタナは宙に浮かび、神々しい光を放ち始めた。


「勇者の血を引く者、『ノルン』、女神の血を引く者、『ミリア』。女神アルタナの名のもとに、導きを授けよう。この世界を冒険者として駆け巡り、世界の真理を見つけ出しなさい。」


瞬間、ノルンとミリアの中に、何か強大な力が流れ込むような感覚があった。


「ノルン⋯⋯?それが僕の新しい名前⋯⋯?」

「ええ、ノルンくん。あなたは、ミリアちゃんと共に、冒険者として世界を旅するのよ。そうすれば、きっと世界に平和を取り戻せる⋯⋯かもしれないわ。」

「そんな、無責任な⋯⋯」


勝手に人任せにされた挙句、成果を断定して貰えない。

この世界の女神様は実に人使いが荒すぎるのであった。


「――さて、伝えたい事は伝えたし、そろそろそこで寝込んじゃってるミリアちゃんを連れて帰ってちょうだい。」


アルタナは、自分の役目を終えると、素っ気ない態度を取った。


「帰るって⋯⋯どうすればいいのですか?」

「ああ、忘れてたわ。私が、元の世界に戻してあげるわ。危険だから、ミリアちゃんをしっかり抱いていてちょうだいね。あ、ミリアちゃんの精神にこの出来事は全て刻んでおいたから、戻っていちいち説明しなくて大丈夫よ。」


(女神様の力は、便利なのか不便なのか⋯⋯よく分からないな。)


言われるがままに、ミリアをしっかり抱いたノルン。

すると、アルタナはノルンに向けて手を翳し、魔法陣を展開した。


「えっ?ちょっと待っ――」

「精神世界のあなたたちを倒す事で元の世界に戻れるわ♪――フラッシュインパクト!」


ノリノリでとんでもない威力の光の魔法を放つアルタナ。

光の奔流が二人を包み、精神世界の二人は消滅してしまった。


(ノルンくん。ミリアちゃん。どうか、この地に平和を、お願いね――)


光に包まれ消滅していく二人を見送るアルタナは、自分が干渉出来ないもどかしさを感じながら、世界の命運を託すのであった。

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