第4話 精霊の儀
一方、教会に向かうために出かけたリオンとアビィは、馬車に揺られていた。
「お兄ちゃ〜ん。この馬車、ごとごと揺れて怖いよぉ〜」
「何を言ってるんだ。これぐらい普通だろうが。」
「うぅ⋯⋯目が回る〜」
「――本当に大丈夫か?僕の膝の上で少し横になってろ。」
そう言って、アビィを膝の上で寝かしつけて、この先がやや心配になりだしたリオン。
乗り合わせている他の乗客たちは、その様子を微笑ましく見ていた。
そんな中、二人組の美人な女性客が気さくに話しかけてくる。
「あらまぁ。可愛らしいお嬢ちゃんとお坊ちゃんが乗っているわぁ〜♪仲がいい兄妹なのね。ねぇ、あなたたち。どちらまで行くのかしら?」
「僕たちは、今日で成人を迎えたらしいので、これから教会に行く予定なんです。」
「まあっ!それはおめでたいわ!道中、お互いにお気をつけて行きましょうね。」
「ありがとうございます。僕は何とも無いですが、妹がどうにも心配で――」
すると、その言葉を聞いた二人組の片割れの女性が目を丸くする。
「あら?お二人さんは兄妹だったのね。あまり顔も似てなくて、それでいてあまりにも仲が良さそうだから、てっきりカップルかと思っちゃったわ!おほほほほ♪」
「あらやだ、奥さん。そんな事言ったら失礼でしょ!――どうもすみませんねぇ。」
「いえ、お気になさらず…⋯昔からよく言われているもので。」
「でもお二人さん、とーってもお似合いだわ〜♪」
「それに関してはわたくしも同意するわ。もし兄妹じゃなかったら、きっと素敵なカップルだったでしょうね〜」
「あ、あはは…⋯」
リオンは、少し顔を赤らめながら困った表情を浮かべる。
恥ずかしさのあまり、馬車の窓から外を眺めると、ナッツヒルを象徴する木の実の群生地が目に入る。
「わぁ…⋯凄い数の木の実だなぁ。この街にこんな景色があったなんて。」
「あら?あなた、あまり外を歩いた事がないのかしら?」
「ええ、母にあまり外を出歩かないように言われているもので。」
「そうなの?あそこの木の実、あたしの大好物でとっても美味しいのに、もったいないわ。」
「人様の事情もろくに知らないで、ケチを付けないでちょうだい!――まあとにかく、あなたたちはとっても運がいいわね。」
「えっ?何故でしょうか?」
女性の言葉の意図が全く分からず、ただただ困惑するリオン。
すると、女性は遥か遠い大空を見上げ呟く。
「この世界には、山ほど面白い場所があるわ。まだ見ぬ景色との出会い、まだまだお若いあなたたちなら、たくさんあるはずだわ。」
「はあ。」
「知らなかった事を知ると、とってもワクワクするものね〜♪あたしももう少し若かったら良かったのに⋯⋯」
(――確かに。僕たちは、ほとんど外の世界を見たことがなかったな〜母さんに教えてもらった知識だけしか持ってないや。)
そんな事をふと考えていると、遠くからだんだんと教会が見えてくる。
「あ、教会がやっと見えてきた。すいません!僕たち、ここで降ります!」
「はいよ!お二人さん、旅を楽しんできてね!」
馬車の御者は、容器に声をかけた。
「あなたたち。どうかお気をつけて行ってらっしゃい。」
「⋯⋯とは言っても、このお嬢ちゃんはまだ眠っているわね。旦那さんっ、優しく起こしてあげちゃって♪」
女性にからかわれ、顔を赤らめながら、アビィを揺すり起すリオン。
「おい!起きろ、アビィ!もう教会に着いたぞ!」
「うーん⋯⋯あ、お兄ちゃん、おはよう⋯⋯」
寝ぼけ眼のアビィは、のんびりと目を擦る。
「あら、可愛いお嫁さんのお目覚めだわ〜♪」
「――お嫁さん!?えへへ〜♪」
アビィは、一瞬驚いたものの、少し照れながら喜んでいた。
「はあ、この馬鹿女がどうも失礼しましたわ。お詫びと言ってはなんだけど、この飴ちゃん、あなたたちにあげるわ。」
「あっ、ありがとうございます。」
女性からお詫びの飴玉を二つ貰った。
「それじゃ、お二人ともお目覚めって事で、料金を頂こうじゃないか。お二人さん、カップル割りって事で安くしておくぞ〜!ガハハハハ!」
リオンは、恥ずかしがりながら、豪快に笑い散らかす御者に運賃を手渡した。
「――確かにちょうだいした。じゃあ、俺っちはこの辺をあっちこっち走り回ってるから、帰りも拾えたら拾ってやるよ!」
「はい。ありがとうございます。」
「じゃっ、お二人さん!良い旅を〜♪」
そう言って、こちらに手を振りながら御者は馬車を走らせて遠ざかっていく。
「お兄ちゃん〜まだ着かないの〜?」
「教会まであと少しなんだから、それぐらい頑張って歩け。」
教会まであと少しの道のりを、寝起きでフラフラ歩くアビィ。
冷たくあしらいながらも、肩を貸してやる、なんだかんだ言って甘いリオン。
そして、ついに二人は教会の白く清らかな扉の前に立つ。
「わぁ〜おっきな扉だ〜♪私、初めて見たかも!」
アビィは、教会の圧倒的なスケールに目を輝かせていた。
「ほら、さっさと中に入るぞ。」
リオンは、教会の扉をそーっと押しあける。
中には、白を基調とした神聖な雰囲気が広がっていた。
(あれ?誰かいるぞ⋯⋯?)
リオンの目線の先には、豪華な椅子に腰掛けながら、優雅にコーヒーを飲むヒツジ耳族の神父が居た。
「おや、迷える子羊達が入ってきたようだね。」
こちらに気づくと、コーヒーカップをテーブルに置き、のんびりと近づいてきた。
アビィは、どこか掴みどころの無い神父のことを怖がり、リオンの後ろに隠れ、影からそっと様子を伺う。
「お兄ちゃん⋯⋯あの人、何だか怖いよ。(こそこそ)」
「大丈夫だ、アビィ。僕が一緒についているから。(こそこそ)」
コソコソ話をする二人を、イスから微笑ましく眺める。
ついに神父は立ち上がり、二人の目の前にやってくると、少し屈んで目線を合わせ喋りかけた。
「いらっしゃい、お二人さん♪僕の名前はロイだよ。怪しい者じゃないから、そんなに警戒しないでくれるかな?」
しかし、二人は少し戸惑っている様子で萎縮したまま。
どうしたものかと少し首を傾げた後、何かを思いついたかのようにぽんと手を叩いた。
「そういえば君たち、お名前はなんて言うんだい?」
「⋯⋯知らない人には名前を教えません。母さんに教わったから。」
「おや、とっても賢いいい子だね。やはり、『君たちのお母さん』が言ってた通りかもね♪」
「⋯⋯?どういうことでしょうか?」
「実はさっき、君たちのお母さんから君たちのことを頼まれたんだ。リオンくん、アビィちゃん。」
(なんだ、母さんが前もって教えていたのか。)
リオンは、少しだけ心を許せるようになった。
「ごめんなさい。素っ気ない態度を取ってしまって。」
「いいんだよ、気にしなくて♪」
「改めまして、僕の名前はリオン。後ろの妹がアビィって言います。」
「よ、よろしくお願いしましゅ⋯⋯」
アビィは、噛んでしまった恥ずかしさで赤くなった顔をひょっこりと見せた。
「リオンくん、アビィちゃん。今日は精霊の儀を受けに来たんだってね。早速始めようか。――と、その前に。」
「どうかしましたか?」
ロイは、疑問に抱く二人を椅子に座るように促した。
「さて、君たちがこの世界についてどれだけ知っているか、試させてもらうよ。ところで、君たちは学校には通っていたかな?」
突然、二人を試すような言動をとるロイ。
「いえ。私たち、『何故か』ママから学校に通わせて貰えなかったんです。」
(そうか、やはりこの子達は⋯⋯)
ロイは心の中でどこか悔しそうに呟いた。
「な、なるほど。では、読み書きなどの基本的なことは、誰かから教えてもらったかな?」
「それなら、母さんがいつも教えてくれました。いやぁ〜毎日厳しくて、大変でしたよ。(ぼそっ)」
「なるほどなるほど。君たちのお母さん、本当にいい人だったんだね。」
満足気に頷いたロイは、急に立ち上がって本棚か一冊の古典を取ってきた。
「読み書きが出来るのならば、これから出す問題には答えられるかもね。じゃあまずは、この世界の名前は知っているかな?」
「ええと、確か――」
「『アルタナ』でしたっけ?」
「大正解!この世界は、昔の神々の大戦の末に、女神アルタナ様によって創られたんだ。ほら、この本を見て。」
ロイが、持ってきた古典をペラっと開く。
そこには、太古の戦乱の歴史から繁栄の歴史までが事細かに書き記されていた。
「神々の大戦の後、女神アルタナはこの大地に生命の息吹を吹き込んだんだ。」
「こんな荒れ果てたところに?どうやって生き物を作り出したんだろう⋯⋯?」
荒々しい押絵を見ながら、リオンはあれこれ想像する。
しかし、どれだけ考えてもスケールの大きな話に着いていけなかった。
「女神アルタナ様は、精霊の力を生み出したのさ。」
「「精霊?」」
二人は、キョトンとした顔でロイを見つめる。
「この世界には、水や火、風などの自然的なものから、光や闇、時といった概念のようなものがたくさん存在するんだ。」
「確かに、色々な物質がありますね。」
「ああ。そしてそれぞれには、たくさんの精霊の加護が宿っている。それらの精霊の加護が具現化して、この世界の物質を形作っているんだ。」
「そうなのか⋯⋯でも、イマイチピンと来ないや。」
「精霊の加護は、他にも重要な役割を担っている。特に、僕たちにとってはね。一体なんだと思う?」
「うーん、全く分からないです。」
「僕も⋯⋯」
二人とも、いきなり難しい話をギュウギュウに詰め込まれ、頭から煙を出すようにぼーっとしている。
「流石に難しいかな?正解は、僕たちケモ耳族の生命エネルギーを維持していることなんだ。」
「「生命エネルギー?」」
「――簡単に言ってしまえば、僕たちが生きる力だよ。とっても大事なものなんだ。そして、それは子どもの頃から親から貰っているんだ。」
その話を聞き、ふとアビィは閃きを得る。
「もしかして、名前って関係するんですか?」
「おっ!アビィちゃんは賢いね〜♪その通り。僕たちケモ耳族は、名前によって精霊の加護を受けて生きているんだ。」
「へぇ〜僕たちの名前にそんな意味があったんだ。」
「精霊の儀は、名前を与えられなかった子どもが成長した時、あるいは、幸せに成人できた時。精霊たちに道を示してもらうために行うんだ。二人は将来、何になりたいかな?」
「私は、パン屋さんになりたい!美味しいパンを毎日作って、お客さんに笑顔になってもらうの♪――出来れば、その⋯⋯(もじもじ)」
アビィは、頬を染めてリオンの方をチラッと見る。
しかし、リオンはその視線に気づくことは無かった。
「将来何がしたいか、か。僕はまだ決まっていないな〜」
「リオンくんみたいな子に、ふさわしい道を示すのが精霊の儀だね。もちろん、その道を信じなくても大丈夫だけど、精霊の導きを受けた人は必ず幸せになれるんだ。」
「精霊ってすごいんだな〜」
「――じゃ、長くて難しい話はここまで。早速始めようか!着いておいで!」
パンと手を鳴らし、イスから立ち上がったロイは、二人を連れて教会の奥へと歩いていった。
教会の奥、地面に描かれた大きな魔法陣の上に祭壇が鎮座していた。
「じゃあ、二人はそこの祭壇の真ん中に座って。そして、僕が詠唱を開始したら、終わるまでずっと目を瞑ってて。」
「はい、分かりました。」
「ぅぅ⋯⋯なんか、すっごく怖いよ⋯⋯」
アビィは、不安に怯えながらもリオンと共に祭壇に乗った。
二人が祭壇に乗ったことを確認すると、ロイは一気に精霊力を解放させる。
全身から溢れる凄まじいオーラ。
二人は背中越しだが、その覇気を確かに感じることが出来た。
「――精霊よ、我は汝の力を欲す。汝は我と共に在り。我は汝と共に在り。その絶大なる加護の下に、彼の者共に導きを与え給え!」
先程までの優しそうな口調や声と打って変わって、ロイの厳かな詠唱が部屋に響く。
「お兄ちゃん⋯⋯怖いよ⋯⋯」
「だ、大丈夫だ、アビィ。ずっと僕の手を握っていろ。」
「ありがとう、お兄ちゃん⋯⋯」
アビィは、震える手でリオンの手を探る。
リオンは、目をキュッと閉じたままアビィの手をガシッと掴む。
兄の温かい温もりに触れ、安心しきったアビィは、静かに目を閉じた。
そして、二人の深層意識は深い闇の中へと引きずり込まれていく。
(はぁ、はぁ⋯⋯な、なんなんだ?この子達は⋯⋯?いつもの儀より、精霊力の消費が激しい。このまま何も無ければ良いが――)
儀式を済ませ、すっかりぐったりとしてしまったロイは、意識が朦朧としている。
そして、浅い眠りについてしまった。
教会の奥、祭壇の周りには静寂が訪れたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます