第五十四話 親友として

じゃタワー・六十六階──最上階部屋。

 

「この飴みたいなやつ、ヤバ! てか、味めっちゃッ!」

 

阿巳蛇あみだから渡された、霊子れいしで作られた柔らかな飴を口に放り込んだ瞬間、屍々子ししこは思わず声を上げた。


舌に広がる甘味と同時に、身体の奥へ染み込んでいく感覚がある。

 

それは、明確に感じる──疲労と傷の回復。

 

──なんか、何日も爆睡して、起きたあとみたいな感じ……。


その反応を見て、阿巳蛇はどこか得意げに口角を上げた。


「その飴ね、"れい"って言うんだけどさ」


軽い口調で説明を始める。


「数日分の睡眠と、数日分の食事で得られるエネルギーを、身体の血肉に変える役割を持ってる」


指先で飴の袋を軽く振りながら続ける。


「だから疲労も一気に抜けるし、ある程度の傷なら、ほんと秒で治る」


さらに、付け足すように言った。


「簡単に言うと、身体に即反映される超すごい栄養剤。

あ、味は色々あるよ。ちなみにあたしのオススメは苺味」


苺──それは、籠女かごめの一番の好物だった。


籠女もまた、ゆっくりと飴を舐めながら、感嘆の息を漏らす。


「すっごいなぁこれ。

肩と背中の傷の痛みが、ほとんど消えてもうた」


その様子を見ながら、阿巳蛇も自分の飴を口に放り込む。


「うん。でも食べ過ぎはアウト」


淡々とした声で、さらりと告げた。


「最悪、死ぬから」


その一言に、屍々子と籠女の表情が、見事に引きつった。


「「え……」」

 

すると、二人は同時に椅子から立ち上がり、阿巳蛇へ詰め寄る。


「何個までならいい……?」


「何個までならええんや……?」


予想外の圧に、阿巳蛇は反射的に立ち上がった。


「え? 二人顔こわ」


「「阿巳蛇!!」」


重なる声に、阿巳蛇は思わず一歩後ずさる。


「じゅ、十個までなら……大丈夫」

 

「「よし!!」」


二人は、声を揃えて拳を握った。

 

その様子を見ていたかぶらは、阿巳蛇が籠女や屍々子と話している姿を眺めながら、ぽつりと無兎むとに声をかけた。


「なぁ無兎ぉ。阿巳蛇さん、なんか……嬉しそうだな」


無兎も同じ方向に視線を向け、短く息を吐くように答えた。


「……そうかもね」


その声色が、ほんのわずかに沈んでいた。


鏑は思わず、無兎の表情かおを見る。


姉がミズトの手で人形にされた──その現実を抱えたまま、旧友とどこか楽しそうな阿巳蛇の姿を目の前で見せられて、何も感じないはずがなかった。


しばしの沈黙のあと、鏑は勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「よぉし。そんじゃあよお、緋叉欺ひさぎの様子でも見に行こうぜ、無兎」


突然の提案に、無兎はキョトンとした顔をする。


「え、まだ話が残って──」

 

言い終わる前に、鏑は無兎の手首を掴んだ。


「ちょ、鏑──」


抗議の声も聞かず、そのまま扉の方へ引っ張っていく。

椅子ごと身体を持ってかれそうになった無兎は、否応なく立ち上がらされた。


「おい、鏑!」


その呼び止めにも応えず、鏑は歩きながら顔だけを振り向け、阿巳蛇に声を飛ばす。


「阿巳蛇さん! 俺ら、ちょっと緋叉欺んとこ行ってくるぜええ!」


籠女と話していた阿巳蛇は、一瞬だけ視線を向け、軽く頷いた。


「ん。いいよ」


あまりにあっさりした返事に、無兎は思わず声を漏らす。


「え……阿巳蛇さん?」


別に、鏑の手を振り払えないわけじゃない。

けれど無兎は、自分でも気づかないうちに、その乱暴な優しさを受け入れていた。


───パタン。


扉が閉まり、鏑と無兎の姿は部屋の外へ消えた。


それを確認すると、阿巳蛇は静かに椅子へ腰を下ろし、屍々子と籠女に向き直る。


「じゃあ……互いの"提案"を承諾したことだし、そろそろ作戦を詰めよっか」


屍々子と籠女は軽く返事をし、それぞれ椅子に座った。



♦︎



式日しきじつ──。


ミズトに対抗するための日。


侵色しんしょくを克服した怪異を集め、ミズトを殺す。

その背負ってきた因果を復讐として──阿巳蛇の呪いを殺す"祝いの日"。


だが、ミズトが動き出したことで、水面下で進めていた計画は、大幅な前倒しを余儀なくされた。


「……ほんで」


籠女が、低く呟く。


「急遽作成した、"式日用"とかいう名前の因喰いんじきが出来上がったっちゅうわけか。

それを、"力づくの提案"として、ウチに飲ませた……と」


次の瞬間、籠女は顔を上げ、声を張り上げた。


「ウチが死んだら、どうすんねん!!」


───バン!


両手で卓を叩く音が、部屋に響く。


その横から、屍々子がひょい、と飴を一つ取り、籠女の口へ押し込む。


「あーほら籠女ちゃん。飴食べて機嫌なおちてね?」

 

「ん……ウチ、もう元気」


その様子に、阿巳蛇が呆れたように吐き捨てる。


「バカがよ」


その空気を断ち切るように、阿巳蛇は何事もなかったかのように話を続けた。


「籠女、これ」


そう言って、籠女の前へ手を伸ばす。


阿巳蛇が手に持っていたのは、那由多なゆただった。


籠女はそれを見つめ、低く問いかける。


「……ミズトさんが、那由多を狙っとるって……ホンマか?」


阿巳蛇の手から那由多を受け取り、鳥籠から伸びる紐を首元へとかける。


阿巳蛇は小さく頷いた。


「本当。理由はわからないけど。

あたしがミズトの傀儡から解放された瞬間、流れ込んできた記憶の中にあった。

ミズトは、この鳥籠の能力を……欲しがってた」


籠女は那由多を首元に収め終えると、静かに息を吐いた。


「ずっとな……考えとったんやけど」


そこまで言って、言葉を止める。

視線が床へ落ち、部屋に重たい静寂が満ちた。


屍々子と阿巳蛇は何も言わず、ただ籠女を見守った。


やがて、籠女は顔を上げる。


「ミズトさんが、そんなことする人やとは思えへん」


それは否定ではない。

籠女の、今の正直な気持ちを落としただけだった。


「けどな……アンタが五年前にされたことは、話を聞いてから、腑に落ちた。

それどころか……あの時、ウチがずっと感じとった違和感が、全部、形になった」


ずっと、親友を信じたかった──。


「せやからな……今、ウチは、すごいショックなんよ」


あの時、何も出来なかった──。


「あの時、アンタが……ウチの前からおらんくなって。

ウチ、毎日泣いとった」


その無力さに、後悔もした──。


「ほんで、因喰に関与しとるんがアンタやってわかった時は……ホンマに、がっかりした。

次どっかで会うたら、絶対しばいたるって思っとった」


自分に、腹も立った──。


「……でもな。同時に、理由もちゃんと聞きたいとも思っとった」


でもさ──。


「アンタは、ちゃんとウチに話してくれた。

せやから、ウチは……見極めた上で応えたい」


今なら、手を貸せる──。


「もし、それすらせんかったら……オトンに、ウチがしばかれる」


今なら、助けられる──。


「せやから、ウチは今なら……。

自分がどこを歩けばええかくらいわかっとる」


だから──。


「阿巳蛇……。

ウチは……アンタを──」


籠女の瞳は、真っ直ぐだった。


「──親友として助けたい」



♦︎



蛇ノ目タワー・六十五階──大通路。


無兎と鏑は並んで歩きながら、"医療室2"へ向かっていた。

緋叉欺が治療を受けている部屋だ。


「なぁ無兎ぉ! 緋叉欺もう骨治ったと思うか?」


軽い足取りで、鏑が振り向く。


「阿巳蛇さんが、緋叉欺を運んで来る時、霊菓子すごい食べさせた上で、治療受けさせてるって言ってたから……。

治っててもおかしくない」


鏑は一瞬考え、それからニヤリと笑う。


「霊菓子だけに、おかしくないって話か!!」


だははは、と遠慮のない笑い声が通路に響く。


無兎はすぐに眉をひそめた。


「あのさ、医療室近いんだから静かにしなよ」


そう言って前を向き直った、その時だった。


「むっとん! かぶちん!」


聞き覚えのありすぎる声。


この呼び方をするのは、一人しかいない。

無兎と鏑は同時に視線を向けた。


緋叉欺だった。

そして、その隣に──美門みかど


二人は、こちらへ向かって歩いてくる。


「うおおぉい! お前ら!! 元気してたのかよお!!」


無兎は即座に釘を刺した。


「鏑。声うるさい。

それに、緋叉欺は治ったから歩いてる」


数時間ぶりの再会だった。


四人は一度足を止め、それから最上階部屋へ戻る方向へと並んで歩き出す。


緋叉欺が、待ってましたとばかりに語り出した。


「あー様、ほんっとに天才!!

私が『いたい〜』って泣いてたら──」


そこで、緋叉欺は急に声色を変えた。


阿巳蛇の声真似だ。

好きすぎて、妙に似ている。


「──あたしの言う通りに、いい子にしてたら、すぐ治るよ──」


そして、普段通りの声に戻す。


「──だって!! キャー!!」


これが、いつもの緋叉欺だった。


無兎は思う。

もう少し医療室にいてもよかったんじゃないか、と。


緋叉欺の話に、美門が柔らかく笑った。


「緋叉欺ちゃん、元気になってよかった」


それもまたいつもの美門だ。

誰かが話せば、必ず受け取って返してくれる。


無兎はこの三人が、好きだった。


その時、緋叉欺がふと思い出したようだ。


「そうそう、あー様から連絡来てたんだけど──」


声にわずかな不満が混じる。


「──あの"ブス"と手ぇ組むの?」


無兎が首を傾げる。


「あのブス?」


「ほら、あの鳥籠持ってたポニテの女!」


即答だった。


「ほんっと許さない……。でもさ──」


緋叉欺は引きつった笑顔を浮かべる。


「あー様が決めたことなら、仲良くする"フリ"くらいはしてあげる」


その空気を、鏑が別の話題で切り替えた。


「そういやよぉ、医療室で思い出したんだけど」


無兎を見る。


「お前の姉ちゃん、目ぇ覚ましたのか?」


無兎は答えなかった。

代わりに、美門が口を開く。


「あぁ、あのメイドさんたちなら──」


その表情は、どこまでも穏やかで、優しい。


「──先に"ここ"を出たよ」




──ごく自然に、蝕む──

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