第五十四話 親友として
「この飴みたいなやつ、ヤバ! てか、味めっちゃ
舌に広がる甘味と同時に、身体の奥へ染み込んでいく感覚がある。
それは、明確に感じる──疲労と傷の回復。
──なんか、何日も爆睡して、起きたあとみたいな感じ……。
その反応を見て、阿巳蛇はどこか得意げに口角を上げた。
「その飴ね、"
軽い口調で説明を始める。
「数日分の睡眠と、数日分の食事で得られるエネルギーを、身体の血肉に変える役割を持ってる」
指先で飴の袋を軽く振りながら続ける。
「だから疲労も一気に抜けるし、ある程度の傷なら、ほんと秒で治る」
さらに、付け足すように言った。
「簡単に言うと、身体に即反映される超すごい栄養剤。
あ、味は色々あるよ。ちなみにあたしのオススメは苺味」
苺──それは、
籠女もまた、ゆっくりと飴を舐めながら、感嘆の息を漏らす。
「すっごいなぁこれ。
肩と背中の傷の痛みが、ほとんど消えてもうた」
その様子を見ながら、阿巳蛇も自分の飴を口に放り込む。
「うん。でも食べ過ぎはアウト」
淡々とした声で、さらりと告げた。
「最悪、死ぬから」
その一言に、屍々子と籠女の表情が、見事に引きつった。
「「え……」」
すると、二人は同時に椅子から立ち上がり、阿巳蛇へ詰め寄る。
「何個までならいい……?」
「何個までならええんや……?」
予想外の圧に、阿巳蛇は反射的に立ち上がった。
「え? 二人顔こわ」
「「阿巳蛇!!」」
重なる声に、阿巳蛇は思わず一歩後ずさる。
「じゅ、十個までなら……大丈夫」
「「よし!!」」
二人は、声を揃えて拳を握った。
その様子を見ていた
「なぁ無兎ぉ。阿巳蛇さん、なんか……嬉しそうだな」
無兎も同じ方向に視線を向け、短く息を吐くように答えた。
「……そうかもね」
その声色が、ほんのわずかに沈んでいた。
鏑は思わず、無兎の
姉がミズトの手で人形にされた──その現実を抱えたまま、旧友とどこか楽しそうな阿巳蛇の姿を目の前で見せられて、何も感じないはずがなかった。
しばしの沈黙のあと、鏑は勢いよく椅子から立ち上がった。
「よぉし。そんじゃあよお、
突然の提案に、無兎はキョトンとした顔をする。
「え、まだ話が残って──」
言い終わる前に、鏑は無兎の手首を掴んだ。
「ちょ、鏑──」
抗議の声も聞かず、そのまま扉の方へ引っ張っていく。
椅子ごと身体を持ってかれそうになった無兎は、否応なく立ち上がらされた。
「おい、鏑!」
その呼び止めにも応えず、鏑は歩きながら顔だけを振り向け、阿巳蛇に声を飛ばす。
「阿巳蛇さん! 俺ら、ちょっと緋叉欺んとこ行ってくるぜええ!」
籠女と話していた阿巳蛇は、一瞬だけ視線を向け、軽く頷いた。
「ん。いいよ」
あまりにあっさりした返事に、無兎は思わず声を漏らす。
「え……阿巳蛇さん?」
別に、鏑の手を振り払えないわけじゃない。
けれど無兎は、自分でも気づかないうちに、その乱暴な優しさを受け入れていた。
───パタン。
扉が閉まり、鏑と無兎の姿は部屋の外へ消えた。
それを確認すると、阿巳蛇は静かに椅子へ腰を下ろし、屍々子と籠女に向き直る。
「じゃあ……互いの"提案"を承諾したことだし、そろそろ作戦を詰めよっか」
屍々子と籠女は軽く返事をし、それぞれ椅子に座った。
♦︎
ミズトに対抗するための日。
その背負ってきた因果を復讐として──阿巳蛇の呪いを殺す"祝いの日"。
だが、ミズトが動き出したことで、水面下で進めていた計画は、大幅な前倒しを余儀なくされた。
「……ほんで」
籠女が、低く呟く。
「急遽作成した、"式日用"とかいう名前の
それを、"力づくの提案"として、ウチに飲ませた……と」
次の瞬間、籠女は顔を上げ、声を張り上げた。
「ウチが死んだら、どうすんねん!!」
───バン!
両手で卓を叩く音が、部屋に響く。
その横から、屍々子がひょい、と飴を一つ取り、籠女の口へ押し込む。
「あーほら籠女ちゃん。飴食べて機嫌なおちてね?」
「ん……ウチ、もう元気」
その様子に、阿巳蛇が呆れたように吐き捨てる。
「バカがよ」
その空気を断ち切るように、阿巳蛇は何事もなかったかのように話を続けた。
「籠女、これ」
そう言って、籠女の前へ手を伸ばす。
阿巳蛇が手に持っていたのは、
籠女はそれを見つめ、低く問いかける。
「……ミズトさんが、那由多を狙っとるって……ホンマか?」
阿巳蛇の手から那由多を受け取り、鳥籠から伸びる紐を首元へとかける。
阿巳蛇は小さく頷いた。
「本当。理由はわからないけど。
あたしがミズトの傀儡から解放された瞬間、流れ込んできた記憶の中にあった。
ミズトは、この鳥籠の能力を……欲しがってた」
籠女は那由多を首元に収め終えると、静かに息を吐いた。
「ずっとな……考えとったんやけど」
そこまで言って、言葉を止める。
視線が床へ落ち、部屋に重たい静寂が満ちた。
屍々子と阿巳蛇は何も言わず、ただ籠女を見守った。
やがて、籠女は顔を上げる。
「ミズトさんが、そんなことする人やとは思えへん」
それは否定ではない。
籠女の、今の正直な気持ちを落としただけだった。
「けどな……アンタが五年前にされたことは、話を聞いてから、腑に落ちた。
それどころか……あの時、ウチがずっと感じとった違和感が、全部、形になった」
ずっと、親友を信じたかった──。
「せやからな……今、ウチは、すごいショックなんよ」
あの時、何も出来なかった──。
「あの時、アンタが……ウチの前からおらんくなって。
ウチ、毎日泣いとった」
その無力さに、後悔もした──。
「ほんで、因喰に関与しとるんがアンタやってわかった時は……ホンマに、がっかりした。
次どっかで会うたら、絶対しばいたるって思っとった」
自分に、腹も立った──。
「……でもな。同時に、理由もちゃんと聞きたいとも思っとった」
でもさ──。
「アンタは、ちゃんとウチに話してくれた。
せやから、ウチは……見極めた上で応えたい」
今なら、手を貸せる──。
「もし、それすらせんかったら……オトンに、ウチがしばかれる」
今なら、助けられる──。
「せやから、ウチは今なら……。
自分がどこを歩けばええかくらいわかっとる」
だから──。
「阿巳蛇……。
ウチは……アンタを──」
籠女の瞳は、真っ直ぐだった。
「──親友として助けたい」
♦︎
蛇ノ目タワー・六十五階──大通路。
無兎と鏑は並んで歩きながら、"医療室2"へ向かっていた。
緋叉欺が治療を受けている部屋だ。
「なぁ無兎ぉ! 緋叉欺もう骨治ったと思うか?」
軽い足取りで、鏑が振り向く。
「阿巳蛇さんが、緋叉欺を運んで来る時、霊菓子すごい食べさせた上で、治療受けさせてるって言ってたから……。
治っててもおかしくない」
鏑は一瞬考え、それからニヤリと笑う。
「霊菓子だけに、おかしくないって話か!!」
だははは、と遠慮のない笑い声が通路に響く。
無兎はすぐに眉をひそめた。
「あのさ、医療室近いんだから静かにしなよ」
そう言って前を向き直った、その時だった。
「むっとん! かぶちん!」
聞き覚えのありすぎる声。
この呼び方をするのは、一人しかいない。
無兎と鏑は同時に視線を向けた。
緋叉欺だった。
そして、その隣に──
二人は、こちらへ向かって歩いてくる。
「うおおぉい! お前ら!! 元気してたのかよお!!」
無兎は即座に釘を刺した。
「鏑。声うるさい。
それに、緋叉欺は治ったから歩いてる」
数時間ぶりの再会だった。
四人は一度足を止め、それから最上階部屋へ戻る方向へと並んで歩き出す。
緋叉欺が、待ってましたとばかりに語り出した。
「あー様、ほんっとに天才!!
私が『いたい〜』って泣いてたら──」
そこで、緋叉欺は急に声色を変えた。
阿巳蛇の声真似だ。
好きすぎて、妙に似ている。
「──あたしの言う通りに、いい子にしてたら、すぐ治るよ──」
そして、普段通りの声に戻す。
「──だって!! キャー!!」
これが、いつもの緋叉欺だった。
無兎は思う。
もう少し医療室にいてもよかったんじゃないか、と。
緋叉欺の話に、美門が柔らかく笑った。
「緋叉欺ちゃん、元気になってよかった」
それもまたいつもの美門だ。
誰かが話せば、必ず受け取って返してくれる。
無兎はこの三人が、好きだった。
その時、緋叉欺がふと思い出したようだ。
「そうそう、あー様から連絡来てたんだけど──」
声にわずかな不満が混じる。
「──あの"ブス"と手ぇ組むの?」
無兎が首を傾げる。
「あのブス?」
「ほら、あの鳥籠持ってたポニテの女!」
即答だった。
「ほんっと許さない……。でもさ──」
緋叉欺は引きつった笑顔を浮かべる。
「あー様が決めたことなら、仲良くする"フリ"くらいはしてあげる」
その空気を、鏑が別の話題で切り替えた。
「そういやよぉ、医療室で思い出したんだけど」
無兎を見る。
「お前の姉ちゃん、目ぇ覚ましたのか?」
無兎は答えなかった。
代わりに、美門が口を開く。
「あぁ、あのメイドさんたちなら──」
その表情は、どこまでも穏やかで、優しい。
「──先に"ここ"を出たよ」
──ごく自然に、蝕む──
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