青春の座標―僕と秘密のネット世界
のすたる
第1話 インターネットとWinMX
2002年春。
新しい学校と共に、
僕の人生を変えたのは「ピー……ガガガ」という、けたたましい接続音だった。
地方の情報系学校の入学式直後、
近くの席での会話の延長線でアニメの話が振ってきた。
「『おねがい☆ティーチャー』って知ってる?」
受験勉強に奮闘していた日々に流れていたアニメだ。
僕はうなずいた。
入学して間もなく、僕にはオタクの友人ができた。
このやりとりで、僕の人生の座標は静かに、しかし決定的にずれた。
さらに友人の「Key知ってる?『Kanon』ってやつ、すごいよ」という一言が、
僕をより深い沼へと導いた。
放課後、友人から借りたドリームキャスト版を起動する。
雪の街、切ないBGM――その感動を追うように、僕はISDN回線のPCを起動した。
あの接続音の中、「Kanon 画像」を検索。
1枚の壁紙を保存するのに数分かかった。
その「待つ時間」さえ、たまらなく楽しかった。
やがてネットの深部で、僕は「WinMX」という言葉を見つける。
好奇心のままダウンロードし、「Kanon」と打ち込むと無数のファイルがリストに並んだ。
当時の法律では、ダウンロードのみなら違法ではない――
そう自分に言い聞かせたが、倫理的な問題から目を逸らしていたことも、心のどこかで理解していた。
誰からファイルを貰えるたび、心臓が跳ねた。
だが、動画となるとISDNはあまりに狭い。
「もっと速く、もっと遠くへ行きたい」その渇望が、僕を突き動かした。
僕は親を説得し、ADSLへの切り替えを勝ち取った。
接続音が消えた瞬間、僕の世界は一変した。
ページは瞬時に開き、音楽ファイルは数分で落ちてくる。
初めて体験するスピードは、魔法のようだった。
WinMXのリストは夜更けとともに熱を帯び、僕はすぐにKeyの次作『AIR』へ、
そして当時の人気アニメ、『機動戦士ガンダムSEED』へと没頭していった。
放送後30分で最新話をネットで手に入れるという背徳的な魅力に溺れた。
だが、熱狂には裏側があった。
WinMXにはファイル名と中身が一致しない「偽物(フェイク)」が混じり始めた。
僕は、毎回ファイルサイズと拡張子を凝視し、「本物」と「偽物」を選別するスキルを身につけた。
深刻なのは画質の進化だ。
高画質を謳うSVGAの動画は、ファイルサイズが爆発的に増えていった。
たった1話が700MBを超え、当時80GBあったHDDはあっという間に満杯になった。
「HDDの残りが、あと5GBしかない…」
容量を示す赤いバーを見るたびに、冷や汗をかいた。
無限に見えたインターネットの世界も、僕のパソコンという物理的な限界に突き当たったのだ。
あの頃、インターネットはまだ「道具」ではなく、「夢を見るための窓」だった。
だが、この「夢の窓」は、僕をさらにディープで危険な世界へ連れていく。
それが、僕のオタクとしての「アーカイブ戦争」の始まりだった。
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