終章 揺れる灯の下で
朝日が海面を割り、ゆっくりと世界に色を戻していく。
首里を見下ろす高台に、舜賢はひとり立っていた。
まだ夜の名残を抱えた風が、肌をひやりと撫でていく。
この島の民は、多くが倒れた。
稽古を共にした仲間も、畑で笑っていた老人も、潮の匂いをまとった漁師たちも。
誰も、昨日のままではなかった。
だが、舜賢にとって最も深い痛みは――
義典も、真里も、もういないという現実だった。
義典の声は、この島のどの風よりも温かかった。
真里の笑顔は、三線の音よりも柔らかく胸に響いた。
二人がいた日常は、まるで当たり前のように続くと思っていた。
なのに、残されたのは静寂だけだ。
風が吹く。
その風に、かつて耳にした日々の音が微かに重なる。
畑へ向かう老人の唄。
子どもらのはしゃぐ足音。
夕暮れを染める三線の調べ。
寄り合いの笑い声。
そこには義典の低く落ち着いた声も、
真里の明るい呼びかけも、本来なら混じっていたはずだった。
胸の奥から強い痛みがせり上がり、舜賢は目を伏せる。
耐えても、涙は頬を伝う。
そのとき、谷の方からかすかな声が聞こえてきた。
震えながらも続く、念仏の声だ。
舜賢は音の方へ歩いた。
崩れた石垣のそばに、一人の老婆が膝をつき、手を合わせて祈っていた。
その周りには、動かぬ家族が横たわっている。
老婆は気づくことなく、ただ祈り続けていた。
まるで、倒れた者たちの魂を迷わせまいとするかのように。
その声は細く弱いが、決して折れていなかった。
舜賢は立ち止まり、深く頭を下げた。
そこにあるのは悲しみだけではない。
それでも生を繋ごうとする、確かな意志だった。
森の奥でざわりと音がする。
まだ危険は尽きていない。
足を止めれば、誰かの願いがまた途切れる。
それでも――
義典の教えが胸を支えた。
武は、人を守るためにある。
真里の笑顔が、まだ胸のどこかをあたためた。
舜賢は涙を拭った。
悲しみは消えない。
それでも歩かねばならない。
「……行くよ、師範。真里」
小さく呟き、舜賢は島の奥へと歩き出した。
朝日がその背に差し込み、影が静かに前へ伸びた。
老婆の念仏が風に乗って追いかけてくる。
その声は、失われた者たちへの祈りであり――
それでもこの島に残る、わずかな希望の音だった。
⸻
完
ウチナー・オブ・ザ・デッド 小柳こてつ @KK_097
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