第26話 シャルウィー・R 〜殲滅の舞踏〜』
フォーメーションR――それは、はーちゃんが考えたパーティー戦術のひとつ。
事前に役割を決めておいて、合図はアルファベット一文字。戦況に合わせて、みんなの動きを一瞬で切り替えられる。
そしてRは、緊急用の「リンを絶対に守れ」のR。……私を守るためなら全力、採算度外視、囮になっても構わない。至高はリン、すべてはリン。……はーちゃん、ちょっと重いから!
リンに仇なす者はサーチ&デストロイ。――捨て身覚悟のフォーメーションRが、今、発動した。
「コタロウ、くま吉、リンを任せたわよ」
「わん!」
「くまー!」
二匹が私のボディーガードとして周囲を警戒し、
勇ましく叫んだはーちゃんが、迷いなく群れに突っ込んでいく。
先頭のコボルトが振り下ろした棍棒を、左手の銃で横に流す。
空を切る棍棒、体勢を崩されて無防備な額に、銃口が突きつけられた。
「踊りなさい。――リンのために!」
引き金を引く瞬間、はーちゃんの声色が低く鋭くなる。
デザートイーグル、砂漠の鷲。 銃口が閃き、轟音が洞窟を叩く。.50AE弾が零距離で火を噴いた。
至近距離で撃たれた弾丸は、コボルトの頭を貫き光の粒子に変えてもなお、勢いは衰えず背後の一体まで葬る。
「う〜ん……、やっぱりこの子、ゲーム補正で威力盛られてるわね」
襲い来る敵を、次々と血煙と光粒子に変えていく中で、はーちゃんが獰猛に笑った。
次の瞬間、はーちゃんが一歩だけ引いた。
右手の銃を胸の前に寄せ、空になったらしいマガジンを引き抜くと、腰のポーチへ手を伸ばす。
そう思った瞬間――頭上から黒い影が落ちてきた。
「キーッ!」
バットが体当たりするように突っ込んでくる。
はーちゃんは迷いなく、弾倉を握った手のまま横薙ぎに叩き落とした。
『ドン』と鈍い衝撃。
バットは壁にぶつかって光の粒子に変わるが、
『チンッ』と金属が弾ける乾いた音がした。
弾丸が一発だけ床を跳ね、洞窟の壁際へコロコロ転がっていった。暗闇の中で銀色が一瞬だけ光る。
はーちゃんの目が、ほんの一瞬だけそっちに向いた気がした。
だけど、次の瞬間にはもう私の方へ戻っていて、何事もなかったみたいに装填を終えると、そのまま群れへ踏み込んでいった。
怯まぬモンスターは、左右から同時に棍棒を振り下ろす。はーちゃんは右からの一撃を右手の銃で下からすくい上げ、力の流れに逆らわず左へ流した。
「キャン!」
流れた棍棒が左のコボルトの頭に直撃。はーちゃんは回転して間合いを奪い、銃口と獲物を一直線に重ねる。
「退場よ」
微笑みながら引き金を引く。
「グワーン⁈」
「ワオーン!」
咆哮も悲鳴も、一発の弾丸にかき消された。
二匹は光の粒子となり散り、足元にはドロップがパラパラと転がる。
有利な位置を奪い、急所を撃ち抜く。
まるで舞踏を踊るような動きで、一瞬の隙も与えない。
「さあ、ワンちゃん達……私のリードについてきなさい!」
狩人の眼差しを宿したはーちゃんは、獲物を次々にロックオンしながら群れの奥へ駆け抜けていった。
「グワォォォン!」
「あわわわわ」
私の前に、いつの間にかコボルトが近づき襲いかかってきた。
だけどすぐに、左右から『ガシンッ!』と足音を響かせながら、頼もしい影が飛び出した。
コタロウとクマ吉は、まるで合図したかのように、私を中心に前へ出て守ってくれる。
「ワン!」
コタロウが猛然と跳躍し、棍棒を振りかぶったコボルトの首へ鋼鉄の牙を突き立てる。
「キャン!」
首筋に食い込む牙。押し倒されたコボルトのHPがみるみる削れていく。
必死の反撃に前脚へ噛みつかれるが――カッチカチの鋼鉄ボディには通じない。
もがいた首を容赦なくトラバサミのように噛み千切ると、悲鳴も短く光の粒子へ変えた。
「コタロウ、強〜い! いい子、いい子♪」
「わん♪」
私が褒めると、コタロウは尻尾をぶんぶん振って得意げに応える。
「クマー!」
すると今度は、背後から襲いかかって来たモンスターに、クマ吉が炎をまとった爪――ファイヤークロウを振り抜いていた。
切り裂かれたコボルトが倒れ、傷口から燃え広がった炎が毛皮に引火する。転げ回るコボルトのHPバーがガンガン削れていく。
「ふえ〜、クマ吉すご〜い」
「くま〜♪」
『近づく奴は丸焼きくま♪』とでも言いたげに、炎の爪を次々と振り回す。
敵は次々に火だるまになって転げ回る。
「ワオ〜ン!」
コタロウが勇ましく吠えると、洞窟の壁際へ走り出す。それを見て、モンスター達が追いかけていく。
私もコタロウと離れないよう追いかけると、くま吉はボディーガードのように、二足歩行でついてくる。
側から見たら、駅前の人混みを抜ける要人移動みたいだった。
先導のコタロウが進路を切り開いて、私はその真後ろをぴったり追走。くま吉は屈強なボディーガード役で、半歩後ろをキープしている。
まるでイベント会場のVIP導線みたいに、私の周りだけ露骨に安全圏ができていく。
しかもコタロウの誘導が妙に賢い。
壁際ギリギリを使って群れを引っ張り、通路の真ん中を一瞬だけ空ける。
人混みでいうなら、スタッフがロープを張って流れを片側に寄せ、真ん中に通路を作るやり方。動線設計がプロすぎない?
コタロウは前から襲いかかるコボルトの顔に、カッチカチの肉球――スチールスタンプを叩き込んでいく。
「ガフッ!」
鋼鉄の肉球を押しつけられたコボルトは、そのまま地面を転げ回る。
着地したコタロウは、すぐ次の一体へ跳びかかり、またスチールスタンプを連打!
次々と痛みに悶え、地面をのたうち回る敵が増産され、無防備な姿をさらけ出す。
「わん!」
一瞬振り返ったコタロウが、私へと合図を送る。
「うん、コタロウ、ありがとう」
私はナイフを逆手に持ち、息を呑み込みながら、のたうつコボルトへ近づいて――
「ごめんね、グサッ!」
「ギャワーン!」
刃が深く突き立ち、HPが一瞬でゼロになると、コボルトの体は光の粒子になって消えてしまう。
「できるだけ、痛くないように……グサッ! グサッ! グサッ! ごめんね!」
「グッワーン!」
私は謝りながら、無防備なモンスターたちに何度も刃を突き立てた。
LUKに極振りしたおかげで、二回に一度は必中クリティカルになり、防御を無視して大ダメージを与えられる。
できるだけ手短く一撃で。
プログラムなんだから、痛みも感情もないはずだけど、それでも……少しでも早く楽にしてあげたいから――私は「ごめんね」と呟きながら刃を突き立てる。
「くまー!」
その横で、炎に包まれて転げ回る敵にも、私はとどめを刺す。クマ吉が「仕上げは任せるくま!」と言わんばかりに次々燃やしてくれるから、私は一つひとつ刃を入れるだけでいい。
コタロウとクマ吉のサポートのおかげで、私はテンポよく刃を突き立てられる。
このまま押し切れる――そう思った矢先。
「キャッ!」
〈リン HP80→79〉
背後から鋭い痛みが走り、思わず悲鳴をあげてしまう。
「わわわ! こ、コウモリのモンスター⁈」
頭上から舞い降りたのは、翼を広げた『バット』。コウモリ型のモンスターが、コタロウとクマ吉の隙間をすり抜け、私の背中へ牙を突き立てたのだ。
神器オンラインでは、プレイヤーが任意で『痛覚レベル』を設定できる。完全にオフにはできない。
『多少の痛みがあった方がダメージ感覚をつかみやすい』と、はーちゃんに言われてレベル1にしていた。
「安全設計らしいけど……最低レベルでも、デコピンされてるみたいで普通に痛いからね!?」
振り向きざまにナイフを振るうけど、バットはヒョイッと避け、逆に爪で引っかいてくる。
「いたっ!」
〈リン HP79→78〉
空中で『キーキー』と甲高く笑うように鳴き、私の頭上を翻弄する。
「グサッ! あっ、痛っ! 避けられて攻撃が当たらないよ⁈」
〈リン HP78→77〉
焦って突き出す刃は空を切り、また一撃もらう。じわじわHPが削られ、背筋が冷たくなったそのときだった。バットの体に赤い点が灯り――
『バン!』
轟音とともに、バットの体が光の粒子になって弾け飛び、ドロップアイテムが地面に散らかった。
「リン大丈夫⁈」
「うん、はーちゃん、ありがとう♪」
視線を向ければ、はーちゃんがモンスターの群れの中から銃を構えていた。
多分、レベル上げの際に見せてくれたスキル、【精密射撃】による遠距離狙撃――それが、私を救ったのだ。
「数は大分減ったわね。そろそろ頃合か……みんな仕上げよ!」
「うん」
「ワオーン」
「クマー」
はーちゃんの号令に応じ、コタロウが挑発スキル【吠える】を使用した。
「ワオーン!」
洞窟が震えるほどの特大な遠吠えに、残っていた敵のタゲが根こそぎ吸い寄せられる。
「くっまー!」
それを合図に、クマ吉は両腕を天に掲げ、唸り声を響かせる。頭上に生まれた小さな火球がみるみる膨らみ、直径十メートルを超える炎の太陽へと育っていく。バーチャルなのに、私の肌にジリジリとした熱気が伝わってきた。
「来たわね。コタロウ、私のタゲを!」
「ワオーン! ワオーン!」
コタロウが再び吠え、残りの敵を一斉に引きつける。二十体近いコボルトとバットが、憎悪のオーラをまとって一斉に殺到する。
(残りおよそ二十――コボルト十五、バット五)
壁際へ突っ走るコタロウ。その後ろを敵の群れが轟音を立てて追いかける。
「よし、すべてのタゲがコタロウに移ったわね」
はーちゃんが素早く私の横に戻り、構えを整える。クマ吉の頭上で、火球が臨界ギリギリまで成長し、太陽のように轟々と燃え盛っていた。
「それじゃあリン、仕上げよ」
「うん、コタロウ、『お座り』だよ!」
「わん!」
――その瞬間。全力疾走から一転、『お座り』の姿勢を取ったコタロウが、慣性に負けてそのまま宙を舞った。
「ああ! コタロウ!」
「わう? わうー!」
頭から壁に突き刺さり、半身を岩に埋めたまま後ろ足だけバタバタさせていた。
「いやいやいやいや! そんなスピードで壁にぶつかったら、壁に跳ね返されるから! 頭から壁に刺さって下半身バタバタって……ないから!」
はーちゃんのツッコミが飛ぶ。けれど敵の群れはお構いなしに追いつき、突き出たお尻へ一斉に攻撃を浴びせた。
「わうーん!」
情けない声で助けを求めるコタロウ。私は慌てて叫んだ。
「クマ吉、早くそれをコタロウに!」
「クマー!」
クマ吉が腕を振り下ろすと、巨大な太陽が弧を描いて飛び、コタロウのお尻めがけて直撃した。
「わ、わっ!」
爆炎が広間を覆い、爆風が私たちを襲う。
反射的に顔を庇い、目を閉じる。
耳を劈く轟音に天井まで届く火柱。
コタロウに群がっていたモンスターたちは、全員まとめて光の粒子に変わり消え去ってしまった。
爆炎が収まると、広間にはドロップアイテムと焦げた岩肌。そして――壁に頭を突っ込んだまま、後ろ足をバタバタさせるコタロウの姿しか残っていなかった。
「コタロウ……まだ刺さってる」
私は呆れてつぶやく。さっきまでの緊張感が一気に抜けて、思わず肩の力が抜けた。
「コタロウ無事だね? 良かった♪ でもこれ……はーちゃん、抜けるのかな?」
「ん〜、いざとなれば召喚解除すればいいけど、再召喚にかかるMPを節約したいから、できれば引っこ抜きましょう」
「うん。コタロウ、もうちょっと我慢してね。みんなでそこから出してあげるから」
「わう〜ん」
「リン、さっさとコタロウを助けて、みんなでレアクエストをやるわよ♪」
「だね、はーちゃん♪」
「くま〜♪」
そのあと、私たちは総出でコタロウを必死に引っこ抜くのだった。
…… To be continued
次回予告
洞窟の壁に刺さったままのコタロウを救うため、みんなで全力の綱引き大会。
やっと抜けたと思ったら、なぜか被害が増えていく!
レベルアップで新スキル解禁と思いきや、まさかのスキルで更なるカオスに……。
次回、『炸裂カオスコンボ 〜抜けた! 投げた! 変形だ! 〜』
虚構が軋み、心が吠えたとき、世界は書き換わる。
本日も読んでいただきありがとうございます!
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次回更新は、12月22日(月)20時ごろを予定しています。
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