第27話 炸裂カオスコンボ 〜抜けた! 投げた! 変形した! 〜

「いくよ、せ〜の!」


召喚士の私とガンナーのはーちゃん、それから召喚獣のクマ吉で息を合わせて、初心者の洞窟の岩壁から生えている『何か』を思いっきり引っ張った。


「くぅぅ、早く抜けて〜」


はーちゃんも歯を食いしばり、腕に浮かんだ血管が強張っている。私も足を踏ん張り、つるつるした床で滑らないように力を込めた。


「くま〜」


クマ吉の太い声が洞窟に響き、背中を押してくれるみたいだった。壁に刺さってしまった誰かを、私たちは必死に引っこ抜こうとしている。


「くう〜ん」


岩壁の奥から、か細い鳴き声が漏れた。――私の愛犬コタロウだ。


モンスターの群れを引き連れて爆走していたコタロウに「お座り」を命じたら、すごい勢いのまま急停止。


そのまま慣性に負け、頭から壁にめり込んでしまった。上半身は岩に埋まり、下半身だけがプラプラ揺れている。

情けない姿なのに可愛くて、笑いそうになるけど、今は救出が先だ。


「も……もう、ちょっとだよ〜」


私は腰を落とし、お尻を突き出して力を込める。


「なんで、こんなガッチリとハマっちゃったのよ!」


はーちゃんのツッコミが飛ぶ。ほんとそれ。思わず同意してうなずいてしまった。


「くま〜!」


クマ吉がさらに体重を預けると、ロープでも張ったように私たち三人(と一匹?)の力がひとつに重なる。


「みんな、頑張って〜」


五分ほど続けて――『スポッ!』


「きゃっ!」

「わっ!」

「くまっ!」

「わう〜ん!」


 勢い余って、私とはーちゃんは仲良く尻もち。痛覚レベルは最低設定だから、尻に『軽い恥ずかし痛い』が走っただけで済んだ。


「やった! 抜けたよ♪」


 砂だらけになった手で地面を押しながら立ち上がり、思わず喜ぶ。


「ふ〜、召喚キャンセルして、ムダなMPを使わずに済んでよかったわ」


 はーちゃんは素早く立ち上がり、私に手を差し伸べる。その仕草が格好よくて、迷わず私はその手を握った。


「ありがとうはーちゃん」


 ぐいっと引き上げられて立ち上がる。手の温かさに胸が安心で満たされる。頼れる相棒、最高だ。


「どういたしまして。さて、コタロウも引っこ抜けたことだし、レベルアップのステータス振りをチャッチャッとやって、レアクエストに挑戦するわよ♪」


「だね、どんなクエストなのかな〜、コタロウとクマ吉も楽しみにして……えぇ⁈」


 振り向いた私は、目を疑った。


「どうしたのリン⁉︎」


 はーちゃんも驚いた顔で振り向く。その先に広がっていたのは――


「いやいやいや! ないから! なんでクマ吉がプロレス技のジャーマンスープレック決めてるのよ! コタロウはコタロウで、今度は地面に頭を埋めてるし! 足だけピンって……昔の名作探偵映画のアレみたいになってるし!」


「……ああ、足だけ出てるやつね。あれ、映像のインパクトが強すぎて内容が吹き飛ぶタイプの名作だよね」


「名作って言ってる場合じゃないわ。コタロウが名シーンみたいに地面に突き刺さっているのよ。クマ吉、フィニッシュホールドは解除。離れなさい」


「くまくま〜」


『ごめんごめん』って感じで、見事なアーチを描いていたクマ吉が技を解く。

足元を見ると、コタロウの足がぴーんと天に突き出したままだった……ごめん、笑いそう。


「今度は横じゃなくて縦だね。コタロウ、もう少し我慢してね」


「わう〜」


申し訳なさそうな声が胸に響く。

私は足を踏ん張り直し、もう一度下半身を掴んだ。


「か、固い! はーちゃん、これ……前よりしっかり埋まっているみたいだよ」


「ぐぬぬ、これはもう召喚キャンセルした方がいいかも」

「くま〜!」


「あっ! でも少しずつ動いてる」


「よ~し、ならこのまま引き抜くわよ。いいわね?」

「うん!」

「くま!」


「せーの!」


はーちゃんの掛け声に息を合わせ、ぐっと引く。

綱引きというより、サツマイモ掘りだ。大物を引っこ抜くみたいに、力を一つにして踏ん張った。


「なんかコレ、小学生の頃に行ったサツマイモ掘りみたいだね、はーちゃん」


「そうね。あの時もリンと二人で、こんなふうに引っ張った記憶があるわ」


「あの時ってたしか……」


「二人で無理やり引っ張ったら、サツマイモが折れたわ」


「わう〜ん!」


真っ二つを想像したのか、コタロウの足がびくんと震える。私は慌てて叫んだ。


「コ、コタロウ! はーちゃん、これ大丈夫なの⁉︎」


「たぶん平気でしょう。コタロウの鋼鉄ボディーが折れるわけないから安心しなさい。てか、ほんとに固いわね。いい加減抜けなさい!」


はーちゃんの迫力に押され、コタロウの『ガクブル』が加速して――


 ――『ズボッ!』


「抜けた〜!」


 思わず手を放しかけた私に、はーちゃんの鋭い指示が飛ぶ。


「クマ吉、手を離して!」


「クマ!」


同じ轍は踏まない。

クマ吉がすっと手を放した瞬間、コタロウの体は宙を舞い、ハンマー投げみたいに後方へ放り飛ばされた。


「コタロウ!」

「わう!」


岩壁に激突――かと思いきや、コタロウは空中で体勢をくるりと変え、『ズザザーッ!』と地面に轍を刻みながら見事に着地した。


「コタロウ、良かった〜」

「わん!」


するとコタロウが私に走り寄って来る。

私は膝をついて迎えようとするが……勢いが想像以上だ。


(はっ! カッチカチなの忘れてた!)


緊急回避しようとしたけど――もう遅い!


ドンッ。


「ゴフッ!」


息が押し出され、私はコタロウを胸に受けたまま尻もちをついていた。痛覚レベルは最低でも、肺の空気だけは容赦なく抜ける。


「っ……コタロウ、元気すぎ……!」


それでも腕は離せない。私は鉄の塊みたいな頭を、必死に なでなで した。


「よしよし……いい子……! いい子だけど、次は減速も覚えようね……」


「わん♪」


硬い手触りに、心だけはふわふわになる。


「……リン、生きてるわね?」


「なんとか」


コタロウを放し、立ち上がると、つるつるした床のせいで足が一瞬よろけた。私は慌てて体勢を立て直し、胸を押さえながら息を吸い込む。


「コホッ……なんか肺に鉄が突っ込んだ感じがする」


「それは比喩じゃなくて事実よ。次からは受け身を取りなさい」


「がんばる……」


私は服についた土を、ぱんぱんと叩きながら答えた。


「よし、コタロウも無事ね。ならレアクエ前にステ振りしとこ。レベル上がったんだから」


「うん。私はやっぱり、LUKに全振りしよっかな」

「わん」

「くま」


二匹まで賛成してる。……うちの子たち、運推しすぎない?


「じゃあ、もう運に全部入れちゃおう」


青白いウィンドウが視界に開き、迷わずLUKにポイントを全振りする。


――――――――――――――――――――

名前:リン

職業:召喚士 LV 16→17


HP:77/95 MP:35/85


◇基本ステータス

STR:1 VIT:241(1+240) AGI:1

DEX:1 INT:1 LUK:96→105


◇戦闘ステータス

攻撃力 : 1+55 防御力 : 241+1

回避 : 22 攻撃速度 : 100

命中 : 11 クリティカル率 : 53%


残りSP:0


所持スキル:機獣召喚【コタロウ】【ファイヤーベアー】/ 機獣変形 NEW

――――――――――――――――――――


数字の並びを眺めるたびに、自分のアンバランスさを突きつけられる。

だけど、LUKの値が跳ね上がったその瞬間、胸の奥で「運だけは負けない」という妙な自信が芽生えていた。


「相変わらず、ラッキー街道まっしぐらね。さて、私はバランスよく振ろうかな」


はーちゃんも同じように、メニューウィンドウを展開する。青白い光に照らされた彼女の横顔は、戦う人の顔だった。



―――――――――――――――――――

名前:ハルカ

職業:ガンナー LV 16→17


HP : 115/165 MP : 5/33


◇基本ステータス

STR : 40 (+10) VIT : 1 AGI : 52→55

DEX : 14(+50) INT : 1 LUK : 1


◇戦闘ステータス

攻撃力 : 50+140×2  防御力 : 1+1

回避 : 69 攻撃速度 : 166

命中 : 64 クリティカル率 : 1%


ステータスポイント 残り 0


所持スキル:銃打/弾丸作成/精密射撃/属性弾作成/チェインアタック NEW

―――――――――――――――――――



「お! 【チェインアタック】ってのを覚えているわね。どれどれ〜♪」



【チェインアタック】(ガンナー/パッシブ)

・銃弾が連続で命中するたびダメージ+2%(最大200%)

・外すとリセット



「ふむ、最大で二倍は強い。だけど、当て続けるには弾が要るし、外したら全部やり直しか〜。弾の確保ができるまでは気軽に使えないわね」


的確にメリットとデメリットを判断する姿は、まるでリアルの授業で答案を読み上げているみたい。私はそんな彼女を羨ましくも頼もしく思った。


「はーちゃん! 私も新しいスキル覚えたよ♪」


「おお、リンはどんなスキルを覚えたの?」


「え〜と〜、【機獣変形】だって」


「機獣ってことはクマ吉に使えるのかな? リン、スキルの説明を見せて」


私はステータス画面を開いたまま、はーちゃんの肩に自分の肩をくっつけるようにして、一緒に覗き込む。彼女の真剣な横顔がすぐ横にあって、ちょっと緊張した。


【機獣変形】

召喚した機獣を変形させ、特性を変更する。

変形時のMP消費なし。機獣自身の意思で選択可能。


「ん〜、機獣に使えるスキル?」


「コタロウはペット召喚だけど、機械の獣だし使えそうね。人型に任意に変形できるのかも? ちょっと試してみましょう」


「だね、えーと……あ、二匹とも召喚メニューに変形のボタンがあったよ」


「お? じゃあさっそく変形してみましょう。どんな姿になるのかしらね」


「よし。じゃあ、コタロウ、クマ吉、いくよ〜♪」


「わん!」

「くま〜!」


私の指が変形ボタンをタップすると、金属音が洞窟の空気を震わせた。

カシャン、カシャン……と二匹の体が組み替えられ、関節が折り畳まれていく。


二秒もしないうちに、その姿はまるで別物に変わった。


コタロウは首が引っ込み、手足が折りたたまれ、四角いシルエットになった。

肉球があった場所からはタイヤがにょきっと突き出している。

 

クマ吉はごつい手足を体内に収納し、どっしりとした四角形へ。お腹には取っ手が二つ付いていた。


二匹の変形が終わるが、その姿はどう見ても家電にしか見えない。


無表情のはーちゃんのこめかみが……ぴくりと動いた!


…… To be continued


次回予告

洞窟での救出作業は、なぜかプロレス混じりの大騒ぎ。

レベルアップで新スキルも解放。次はレアクエスト、と思った矢先。

はーちゃん先生、授業再開。


クラン設立に必要なのは、強さでも運でもなく、現実みたいにシビアな条件だった。


次回、『ツッコミの極意 教えて、はーちゃん先生 クラン編』


虚構が軋み、心が吠えたとき、世界は書き換わる。

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