生き返ったジョン

化野生姜

(現在、書き手の特定には至っていない)

 七月二十五日


 夏休みの自由研究。

 穴の観察をすることにした。


 庭のしげみの下にあった穴で。

 ボクの両手を広げたくらいの大きさだ。


 四角くて、真っ暗。


 …それにっている犬のジョンの具合ぐあいが悪い。


 本当はジョンの日記をつけたかったけれど。

 悲しくなるのでやめてしまった。


 ジョンが、よくなりますように。



 七月二十八日


 穴は相変あいかわらず大きい。


 よく見ると。

 中心に何かが浮いている。


 四角い箱のように見える。

 奥にも、まだまだたくさんあるみたい。


 ジョンの顔がマトモに見れない。

 お医者さんは寿命じゅみょうだと言ってた。


 切ないから、穴ばかり見てる。



 八月一日


 朝、ジョンが冷たくなっていた。


 父さんと母さんが。

 午後にペット霊園れいえんに連れて行こうと言った。


 朝から、ずっと、ずっと泣いて。

 穴のことを忘れていた。


 でも、昼前にふと思い出して茂みを見た。


 穴もあるし。

 箱もたくさんある。


 何となく。

 ジョンをかかえてもどってみる。


 両手で持って。

 ジョンを穴にひたしてみた。


 箱はジョンにさわるなり。

 ススッとよけるように動いた。


 頭までけたあたりで引き上げて。

 お花の入った箱にジョンを戻した。


 …なんで、あんなことをしたのか?


 でも、どうしても必要ひつような気がして。

 ボクはしょうがなかった。



 八月三日


 葬儀そうぎで焼いてもらって。

 骨になったはずのジョンが戻ってきた。


 夕方、じゅくの帰りについてきた。

 首輪くびわも、ふこふこの毛皮けがわもそのまま。


 でも、目だけが真っ暗だ。

 あの穴みたい。


 家に帰ると茂みに。

 穴の中へとけ込んでいった。


 心配したら首を出して。

 こっちに向かって、一回えた。


 どうも、これからは。

 穴がジョンの家のようだ。



 八月七日


 …ジョンが。

 ボクの知ってるジョンじゃない。

 

 最近、穴に首まで浸かって。

 ずっと口を開けている。


 開けた口の中で。

 何かが、うごめいている。


 よく見ると。

 小さな箱が動いていた。


 真っ黒な箱が。

 ジョンの口の中を作っていた。


 目の中も同じ。

 小さな黒い箱が動いてる。


 外側がジョンなだけ。


 …すごく、怖くなってきた。

 


 八月八日


 雨の中、ジョンを川にてた。

 

 自転車のカゴに乗るように言って。

 そのまま橋の真ん中で落としてきた。


 夜だったし。

 土砂降どしゃぶりの雨だった。


 …大丈夫だいじょうぶ

 あれは、ジョンじゃ無い。

 

 元々もともと寿命じゅみょうだったんだ。


 橋の上で。

 ボクは、ちょっとだけ泣いた。

 


 八月九日


 海で船が転覆てんぷくしたニュースがやっていた。

 三人の漁師りょうし行方不明ゆくえふめいらしい。


 …でも、気になったのは海の映像。


 波の一部が切れて。

 キレイな四角い穴が見えた。


 茂みの下を思い出す。

 庭の穴はもう見ないことにした。


 でも、庭に近づくと。

 ボクの腕がピリピリする。 



 八月十日


 どうしよう、どうしよう。

 窓から人が見える。


 ボロボロの服の三人のおじさんが。

 ボクの部屋を見ている。


 土砂降どしゃぶりの雨で。

 真夜中なのに。


 おじさんたちの目が見える。

 真っ暗な目が見える。


 目の奥に小さな箱が動いている。

 ジョンと同じように。


 どうしよう。

 ボクの手も真っ黒だ。


 あの時、ジョンを穴にひたしたから。

 ボクもうでまでかっていたから。


 …父さんも母さんも。


 気にしていなかったから。

 ボクも気にしないフリをしていたのに。


 おじさんたちは分かっている。

 だから、ボクを見ている。


 ボクの腕は。

 四角い箱で、できている。

 

 平たい穴がいくつも重なって。

 箱になって。


 今は、ボクの腕になっている。


 どうしよう。

 もう、ボクは…ボクじゃない。



(補足1:日記は転載されたもの、ひらがなの一部は漢字に変換されている)


(補足2:サイトの管理者によれば。日記は小学校のサーバーに宿題として提出されたもので、一般でも閲覧えつらんできるようになっていた)


(補足3:現在、データは削除され。書き手の特定には至っていない)

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生き返ったジョン 化野生姜 @kano-syouga

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