第6話 資源枯渇《ゼロ・リソース》

ドォォォォン!!


 閃光が奔り、世界が白く染まる。

 『グランド・スラム号』の左舷装甲が、飴細工のように溶解して吹き飛んだ。


「左舷被弾! 第三隔壁、消滅!」

「クソッ、魔法障壁(シールド)どころか、攻撃魔法(ビーム)まで撃ってきやがるのかよ!」


 レオンが操縦桿をへし折らんばかりに握りしめ、回避行動を取る。

 だが、相手は正確無比な機械神だ。

 神域守護列車『アイギスAegis』。

 銀色に輝くその列車は、並走する『グランド・スラム号』に対し、優雅とさえ言える精密射撃を繰り返していた。


「エリス、撃ち返せ! 弾幕を張れ!」

「やってるわよ! でも、あいつの障壁、硬すぎるのよ!」


 ズガガガガッ!!

 エリスが放つ徹甲榴弾の雨が、アイギスの周囲に展開された幾何学的な光の壁に吸い込まれ、無力に弾かれる。

 物理無効。

 鉄の塊をぶつけるだけの原始的な攻撃は、高度な魔法術式の前では無意味だった。


「効かない……! あたしの弾が、一発も通らないなんて!」

「弾の無駄だ、やめろ!」

 レンが叫ぶが、時すでに遅し。

 カキン、という乾いた音が砲塔から響いた。


「……弾切れ(エンプティ)。主砲、弾薬尽きました」

 エリスが呆然と呟く。


「レン! レールの備蓄も限界だ! 回避機動で鉄を使いすぎた!」

 ミルの悲鳴が続く。

 攻撃手段を失い、回避のための「道」を作る材料も底をつく。

 完全なるジリ貧(デッドロック)。


「……燃やせ」

 レンは短い言葉を吐き出した。

「え?」

「燃やせるものはまだあるだろう。予備の衣服、毛布、プラスチックコンテナ、配線の被覆(カバー)……全部だ! 炭素を含むものはすべて炉に放り込め!」


 それは、生存のための略奪だった。

 レンたちは自分たちの生活空間を荒らし回った。

 着替えの服を破り捨て、寝るための毛布を引きずり出し、食事用のプラスチック容器さえも粉砕してダクトへ投げ込む。

 人間らしい生活の痕跡が、次々と炎の中へ消えていく。


「燃やせ、燃やせ! 1秒でも長く走るんだ!」


 ユナが泣きながら炉を煽る。

 ゴミ同然の資材が炭化し、わずかな強度を鉄に与える。

 だが、そんな抵抗も長くは続かない。


 ブスン……。

 炉の炎が、燃料切れを告げるように小さく揺らめいた。


「……万策尽きたか」

 レオンが力なく呟く。

 艦橋の中は、空っぽだった。

 家具もない。本もない。予備パーツもない。床に散らばっているのは、燃えないガラス片と金属ゴミだけ。

 文字通りの「資源枯渇ゼロ・リソース」。


 ガタン……ガタン……。

 列車の速度が落ちる。

 前方からは、トドメを刺そうとするアイギスの砲口が、青白い収束光を溜め始めていた。

 後方からは、待ってましたとばかりに「空間崩壊」の闇が迫ってくる。


「……終わりだ」

 エリスが座り込む。ミルが顔を覆う。

 レオンは天井を仰いだ。

「ここまでか。……まあ、よく粘ったほうだろ。鉄屑の寄せ集めにしては」


 諦めの空気が、死臭のように車内に充満する。

 だが。


「……まだだ」


 静寂の中で、その声だけが響いた。

 レンだ。

 彼はガランドウになった艦橋の中央に立ち、計算尺を握りしめていた。その目は死んでいない。むしろ、飢えた獣のようにギラギラと輝いている。


「レン……? もう、燃やすものなんて何もないよ」

 ユナが通信機越しに啜り泣く。


「いや、ある」

 レンは静かに言った。

「ここに一つだけ、使い道のない『有機物の塊』が残っている」


 レンの視線が、ゆっくりと下へ落ちる。包帯でグルグル巻きにされた、自身の左腕へ。神経が焼き切れ、壊死しかけている腕。今はもう、指一本動かすことのできない、ただぶら下がっているだけの肉と骨。


「レオン。人体の炭素含有率は約18%。乾燥重量で計算すれば……この左腕一本で約2キログラムの純炭素が取れる」


 レンの言葉の意味を理解した瞬間、レオンの顔色が蒼白になった。


「お前……まさか」

「鉄はある。回避行動で使い潰したが、最後のレール一本分なら残っている。足りないのは、それを『アイギスの障壁を貫く槍』に変えるための硬度(炭素)だけだ」


 レンは計算尺を弾く。カチリ、という音が、死刑執行のスイッチのように響く。


「俺の腕を加炭材カーボンとして添加すれば、理論上、ダイヤモンドに匹敵する超硬度鋼が精錬できる」

「ふざけるな!!」


 レオンがレンの胸ぐらを掴み上げた。

「腕を切るだと!? 家具や本とはわけが違うぞ! お前の体だ! 二度と戻らねえんだぞ!」

「動かない腕だ。ただの重り(デッドウェイト)を有効活用して何が悪い」

「そういう問題じゃねえ! それは……人として越えちゃいけないラインだ!」


 レオンの怒号に対し、レンは冷え切った瞳で返した。


「ライン? そんなものはとっくに超えている」


 レンはレオンの手を振り払い、機関室へのハッチを開けた。

 熱風が吹き抜ける。


「赤字(エラー)を出して死ぬか。コストを払って勝つか。……俺の計算式に、感情という変数は入力されていない」


 レンは振り返ることなく、炉心のある機関室へと歩き出した。

 その背中は、狂気と紙一重の、凄絶な覚悟を纏っていた。


「ユナ、準備しろ。……最高の素材(オレ)を届けてやる」

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