第20話 知恵の箱と、魂の鑑定
残されたリビングでは、正蔵が依然としてフローリングに這いつくばるようにして、現代の素材を観察していた。
「……こいは、何ちゅう材じゃ。木であって木に
正蔵は立ち上がり、方谷に不遜な笑みを向けた。
「方谷殿、と言ったか。
方谷は、好奇心に満ちた目で正蔵を見つめ返した。
「……外見で人を測るのも、商売人の
ゲイリーが、方谷の肩のうえを飛び回っている。
「まあ待ちなさい、旦那。この家じゃあ、常識なんてのはミドリさんの盛り塩とともに、玄関に置いてきたほうがいい。……それより、あなたが『松方がいれば』と嘆いた相棒なら、もう目の前にあるんじゃないのかね」
ゲイリーが指さしたのは、方谷が手慣れた手つきで操作し始めたスマートフォンの画面だった。
「……は!? こいは、何じゃ。光る石の中に、文字が……。ええい、数字が目まぐるしく動いちょる! 相場? こいは、大坂の米相場か!?」
「いいえ。今は『ニューヨーク』という海の向こうの相場にござります。……正蔵殿、ワシと一緒に、この『光る知恵の箱』を覗いてみませぬか。あなたが愛した海が、今、どうなっているのかを」
ソウセキが玄関の重い扉を閉めると、リビングには再び、凪のような、それでいて密度の高い沈黙が訪れた。
正蔵は、いまだにフローリングに膝をついたまま、眼前の若者——山田方谷を射抜くような目で見上げている。
「……松方を知っておると。備中の片田舎の塾生のようなくせして、さらりと言うもんじゃ。あいは、明治の世を背負うて立つ男じゃっど」
「松方殿が、明治という新しい世を支えたことは聞き及んでおる。……ワシは、その男が若かりし頃、ワシの書き残した拙い策を、熱心に読み解いたと聞いたことがあるだけでござるよ」
方谷は、自慢するでもなく、淡々と事実を述べるように答えた。その声には、七十三年という月日をただひたすらに学びと教えに捧げた人間だけが持つ、深く静かな響きがあった。
正蔵は、その声の質に、思わず背筋を伸ばした。
(……こん男、ただの者じゃなか。言葉の裏に、万巻の書物と、千人の民を食わせた覚悟が張り付いちょる……)
ゲイリーが、方谷の肩の上で姿勢を正し、紳士らしく会釈をした。
「正蔵殿。この方は、嘘や虚飾を最も嫌う御仁だ。あなたがかつて海を愛し、国を想ったのと同じ熱量で、この方は義を説いてこられた。……さて、これからの話をしましょうか。あなたの『釣り糸』を握っている連中について」
方谷は、机の上に置かれたタブレット端末を、壊れ物を扱うように、たどたどしい手つきで操作し始めた。
山田と川崎と星の記憶 柊野有@ひいらぎ @noah_hiiragi
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