第2話 -HUNTING PLAN- 標的、そして魔術

 ――時はギルコとヒナギクの邂逅に遡る。

 ギルコは、暁月コウオウの暗殺を承ることとなった。

 口で言うことは簡単でも、その行いは無謀であり、神殺しの領域と言っても過言では無い。

 つまり『今すぐに勢いに任せ、暁月コーポレーションに殴り込みに行く』とは、行かないことは周知の事実である。

 仮にそのような愚者がいるとすれば、脳みそを鶏と交換した方が彼らの為になる。3歩歩いて全てを忘れてくれるのだから。

 だからギルコは、己を人たらしめる証明を口にした。


「それで、具体的な作戦は?」


「勿論あるよ。無策なら斬り殺されちゃうでしょ」


 ヒナギクは、肩を竦めて冗談をめかしこむ。

 その余裕に見合う策があるのかと、ギルコは訝しんだ。


「まず、暁月の専務取締役『宗像タモツ』に接触する。そして暁月コーポレーションの最上階に向かうパスを手に入れる」


「オイオイ、ヒナギク嬢。それはおかしくないかい?アンタは社長の娘なんだろ?そこは余りある『娘』という権限でどーにでもなるだろう?」


 何を馬鹿なと言わんばかりに、シャラクは疑問を呈した。


「その疑問は最もです。次期社長であり、娘という権力は、無論暁月内でも絶大な効力を発揮します。けれど、最上階への侵入はソレに含まれていない。何を隠しているのかは私にも分かりませんが、彼処に入れる者は、社長を含め専務取締役の4人のみ。だからパスが必要なのです」


 ヒナギクの説明に、シャラクは面倒くさいとため息をついた。そんな彼女の姿にヒナギクは申し訳なさを含んだ苦笑いを浮かべ、話を続ける。


「ただ、接触自体は簡単だと思います。私の通う暁月魔術学園の生徒会長……それが『宗像アスタ』。タモツの一人息子です。そして私の許嫁です」


「あれまー。地位のある御方も大変なことで。今どき政略結婚なんてあるのねー」


「世継ぎを設けることも力ある者の務めですわ。斑鳩先生こそお相手は?」


「お生憎様。眼球引っこ抜いて、機械と取っ替える狂人には見合う男がいなくてね。ボディは手付かずなんだがねぇ」


 唐突に始まるガールズトーク。

 ギルコは呆れながらも、和気あいあいとする2人が落ち着くのを待ち、口を開いた。


「んじゃあよ、そのアスタってヤツに『親父に会わせろ』って言えばなんとかなるのか?」


「それでも良いんですけど、私ってサプライズが好きなんだよね。物語は劇的であるべきというか……大きなコトを起こせば、その分大きく転がるというかぁ……」


 ヒナギクは両手の人差し指を、モジモジとくっつけては離し、どう切り出せば良いものかと悩んでいる。

 チラチラと送られる視線をギルコは、怠そうに質問をする。


「……言ってみろよ。なるべくクライアントの意向は汲んでやる」


「ホントォー!ギルコくんは優しいね!つまり私の作戦はこうです!!」


ヒナギクは、その美貌に拍車をかける満面の笑顔を向け、ギルコに言い放った。


「ギルコくんには……私の恋人役として暁月魔術学園に入学してもらいます!!」


「ハァァァァ!?」


 ギルコはこの上なく大きな声を上げた。

 困惑を多いに含んだ叫び声は、アニメ作品によくある演出の如く、ボロアパートを大きく左右に揺らした。


「何言ってんだテメェ!?あ、な……こ、恋人だとぉ!?俺に出来るワケねーだろうが!」


「アッハッハッ!!面白いが冗談だろうヒナギク嬢。コイツときたら、この歳で女の子の手も握ったことも無いんだぞ。お母さん心配で心配で」


「母親ヅラすんなって言ってんだろうが!百歩譲ってだ!百歩譲って恋人は何とでもなる!!だがなぁ……許嫁がいるってのに、恋人役ってのはどうにも腑に落ちねぇなぁ」


 ギルコは乱される脳内を正常に戻そうと、髪を荒っぽく掻き毟る。その行為で、実際に困惑が払拭される訳では無いことは明白だが、それでもギルコはそうするしか無かった。


「そこがミソなんだよ。宗像アスタは、端的に言えばプライドの塊。能力に絶対の自信があって否定されるのは大嫌い。何よりも……私という超美人が許嫁なんです!」


「それが?」


 ギルコは純粋な疑問をぶつける。ヒナギクはその態度に不満げな反応を示した。


「分かんないかぁ。美人の許嫁って言う最高のトロフィーを、ぽっと出の馬の骨に取られたらどうなると思う?」


「……ブチギレる?」


「ギルコくん大正解!!絶対に見過ごせない挑発になるってこと」


 ヒナギクは両手で大きな丸を描き、大袈裟なポーズでギルコを褒め称えた。


「挑発して……次はどうする。女を取られたとありゃぁ、

余計に父親なんかに合わせらんねーだろ」


「んふふ!暁月魔術学園には、トラブルを解決する最良の手段があるんだ。それ即ち『決闘』。互いに何かを要求し、魔術を含む非殺傷行為を用いて行われる1対1の私闘だよ。戦いの敗者は、勝者の要求に絶対服従しなきゃいけない。どう?ギルコくん、君好みでしょ?」


 ヒナギクのあざといウィンクは、的確にギルコの心をくすぐる。

 それは決して恋心を刺激したのでは無い。ギルコの内にある闘争の本能を刺激したのだ。


「いいじゃないの。俺ァ、その誘い文句でテメェのことだんだん好きになってきたぜ」


「でしょ?ならまず『テメェ』じゃなくて『ヒナギク』って呼んで。としてね」

 

「あぁ……よろしくなぁヒナギク」


 ヒナギクの差し出す手を、ギルコは力強く握った。その姿は恋人とは程遠い。利害関係のみで成り立つ共犯者だった。


「お2人さん、盛り上がってる所悪いんだけど……ギルコには魔術適性が無い。使えて30番台の雷系統。更に言うなら、純正の魔術公式だと改造した右腕に支障をきたす。そんな男を魔術学園に入れることが出来るのかい?」


 シャラクの意見は最もだった。

 暁月の独占する魔術公式に重要な物は2つある。

 1つは購入するための金。そして2つ目は魔術適正である。


「そもそも5つある魔術属性のどれにも当てはまらないから、凍結された私の非人道システム、改造超人として志願したんだろう?使えたとしても負荷の大きい海賊品だ。正直な話、だいぶ厳しいと思う」

 

 暁月の提唱する魔術は、大きく5つの系統に別れており、属性ごとにナンバリングされている。

 00番台『火』。

 10番台『水』。

 20番台『風』。

 30番台『雷』。

 40番台『天』。

 属性の適性には個人差があるものの、各属性に備わる9つの魔法は使うことは苦では無い。

 その中でも天属性の適性を持つ者は唯一であり、それが暁月ヒナギクその人であった。

 つまり彼女は、本来4つに区分されていた概念を壊した張本人である。

 これは周知の事実であり、彼女という存在が暁月コーポレーションの強大さをより確固たるものにしていた。


「そこを解決するのがご存知の通り、天の属性を持つ私です。自分で言うのは恥ずかしいけれど、特別なだけあってなんでも出来ちゃうそんな魔術……」


 シャラクの問に解をもたらすかの如く、ヒナギクは魔術公式の映し出されたスマホを掲げる。


「《魔術公式46・そして歯車は噛み合うザ・マキナ》」

 

 ギルコの身体を紫色の光が包み込む。

 発光は数秒の後に収まった。

 しかし彼に異変は感じられない。


「ギルコくん、魔術使ってみて」


 ギルコは懐疑的に思いつつ、右腕にインストールされている海賊品の魔術公式を唱えた。


「……《魔術公式30・稲妻よ、速く鋭く走れザ・レールガン》」


 ギルコがそう唱えた瞬間、彼は先程まで居た場所から10メートル離れた位置にワープしていた。

 その実は、魔術による超高速の移動なのだが、それは周囲から見れば大差の無いことだった。


「身体が重くねぇ……」


 モーガンとの戦いの時とは違い、ギルコの身体に異常は見当たらない。

 頭痛も吐き気も無い魔術は、今までギルコが体験したことの無い感覚だった。


「これが天魔術。対象は1人だし短時間だけど、魔術を使いこなせるようにする。すごいでしょ」


「……驚きだぜ。マジに負荷の無い魔法が使えちまうなんてよ」


 シャラクはその様を見て、思わず吸い始めたばかりの煙草の火を消し、口元に手を当てた。

 普段みたく、余裕のある顔つきは彼女にはもう無い。見てはいけないモノを見てしまったという事実は、彼女の血色を奪う。


「なるほど……魔術公式を書き換えたのではなく、肉体を作り替えたのか。今のギルコは魔術そのもの。血肉が魔術になるから、難なく使える。そういうことだね?」


「えぇ。斑鳩先生の仰る通りです。そういう魔術ですので」


「ギルコ、お前の右腕は、魔術をかけられたほんの一瞬だけお前を見失ってる。右腕の信号が途切れてんだ。コレは改造超人がぶっ壊れるか、お前が死んだ時にしか起こらない事象だ」


 シャラクは、1度深呼吸をして心を整える。


「とんだテセウスの船だよコレは。ギルコ、言いようによれば、お前は今1回死んで蘇ったんだ。ヒナギク嬢の魔術は、そういうイカレた芸当が出来てしまう代物なんだぞ?それでもお前はいいのか?」


 ギルコは少しばかり思考する。彼に死を感じたという自覚は無いし、身体に対する違和感も無い。

 正直なところギルコには、シャラクの言う思考実験的な死が上手く分からなかった。

 彼の想像する死は、痛く、冷たく、不安だったのだ

 だが今彼の心はそれを感じていない。

 故に彼はシャラクに言った。


「俺が俺を理解るなら、俺はまだ生きてる。だから大丈夫だ」


 ギルコはシャラクの目を真っ直ぐ見つめて伝える。

 その視線に強がりは無い。迷いと躊躇いも。

 シャラクは残り少ない煙草を取り出し火をつけた。

 

「……そうか。なら良い。但し、絶対に成功させろ。依頼達成率100パーセントがボクらのチームのモットーだ。ヒナギク嬢、成功報酬にゼロは幾つまで加えられる?」


「勿論出せる範囲ならいくらでも。感謝致します。斑鳩先生」


 ヒナギクは叩き込まれた所作を遺憾無く発揮し、美しい礼でシャラクに敬意を表した。

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