第1章 暁月魔術学園編
第1話 -MISSION START- 恋人は転校生
桜も散り、葉が美しく緑を着飾り始めた5月。
私立
名前の通り、此処では魔術に関する事柄の多くを会得できる。
言うまでもなく暁月コーポレーションの出資で創立しており、更に魔術機材の全面バックアップというオマケ付きである。
多くのご家庭で口酸っぱく進路候補として名前が上がるのも無理は無いだろう。
中等部を経た者はともかく、今年の新入生も1ヶ月の学校生活を経て、未だ緊張は残しつつも、新生活に少しばかりの慣れを感じ始めている。
――その1年生の中に、一際目を引く女子がいた。
スラリと伸びた四肢に、真っ白な雪の様な肌。
何よりも決定的に他者を虜にする部位は顔。シャープな輪郭にくっきりと浮かぶ目鼻立ち。瞳は赤みががった黒色で、宝石とも見間違えるほど魔性の輝きを秘めていた。
名は暁月ヒナギク。
彼女は金色の眩しい髪をふわりと
教室内の喧騒は一瞬にして沈黙へ代わり、ヒナギクの姿をその全員が捉える。
瞬間、男子たちは勢いよく駆け寄った。
「ヒナギクさんおはよー!
「ヒ、ヒナギクさん!薦めたアニメは見てくれた……?」
「おいおい君たち、ヒナギクさんが困ってるだろう?そうだ、僕の生徒会参入に知恵を貸してくれないかい?生徒会長の
ヒナギクの周りにはクラス中の男子がサークルモッシュさながらに取り囲む。右からは趣味、左からは学業。話題の嵐が息付く暇もなく彼女に降り注ぐ。
彼女はほんの一瞬だけ目を瞑り、そして開くと同時に男子に笑みを向けた
「課題は予習済み。でも不安だから、後で吉田くんにも教えてもらおうかな。だって吉田くんの教え方ってすっごい上手だもん」
次から。
「佐藤くんの薦めたアニメ観たよー!ヒロインすごい可愛いね。あれって佐藤くんの好み?だったら私もツインテールにしようかなぁ」
次へと。
「岸辺くん、生徒会に加入するために頑張ってるもんね。んー、今度私の好きなスイーツを買ってきてくれたら考えようかな?」
押し寄せる会話の雨霰。それを天使の笑顔と魔性の仕草を傘に凌ぎ切る。
会話……またの名を好意。
そしてヒナギクの反応。
たったそれだけ。
たったそれだけが、思春期の雄には劇薬であり、たまらなく心を鷲掴みにされる。
そして猛る雄たちは思う。
ヒナギクの良さを分かっているのは自分だけだと。
「あんな媚びてる女の何がいいんだか……」
「男ってほんとバカ」
「金に権力に美貌に……全部持ってますよってか?八方美人のクソ女が」
一方、女子生徒の評価は地の底の底、マントルを突き破りコキュートスに片足を突っ込む程度には下がっていた。
ヒナギクときたら、そんな女性陣の反応を楽しむ様に挑発的な視線を送る。
まさに『クソ女』。
女性陣の評価に誤差は1ミリも存在していなかった。
さらに言えばヒナギク自身でさえ、己の評価はクソ女と結論付けていた。
「んべっ!」
ヒナギクはあざとく舌を出して女性陣の怒りを煽る。
女子たちも負けじと地を指す親指、天を突く中指のマリアージュを食らわせる。
無論、男子にバレない様に。
「君たち席に着きなさい。ホームルームを始めるぞー」
冷戦さながらの緊張感を裂くのは、いつもの教師の声だった。
バタつきながらも、生徒は素直に椅子に腰掛ける。
「最近、スラム街方面から企業街に無断侵入したと思われる痕跡が見つかった。警備体制の強化で東区方面に規制がかかっている。君たちなら近付かないと思うが、気をつけるように」
スラム街。その単語を耳にした生徒たちは教室内をザワつかせる。
本来、スラム街から企業街への行き来は厳重に管理されている。
だが、簡単に起こることの無い禁がが破られたというのに、生徒たちの反応は恐怖より呆れだった。
「うげ、まじかよ。ライブも中止になってんじゃん。金もまともに払えない癖に、俺たちの邪魔すんなよな」
とある男子生徒は、そうぼそりと呟いた。
この言葉は『まとも』かつ『普遍』の知識からなる、企業街の住人の相応の評価であった。
彼らからすれば、スラム街=悪の象徴であることは、何ら間違ってはいない。
事実、この街の犯罪者の多くは、スラム街を出身としていた。
「それじゃあ悪い話はこれくらいにして。今日から転校生がこのクラスに来る。入りなさい」
――廊下には1人の男が立っている。
「何事も一発目ってのは大事だ。ちゃあーんと、
男はそう自分に言い聞かせ、ニヤリと尖った歯を見せて笑い、教室に向けて歩みを進める。
緩みに緩んだネクタイに、前を閉じる気のないブレザーは、校則を守る意志が一切感じられない。
手をポケットに入れて、猫背かつ大股で気怠げに教壇に向かう姿に良い印象は一切感じない。
男はクラスメイトの前に立ち、ギラリと歯を光らせ語った。
「俺の名前はギルコ、物部ギルコ。今日からテメェらのお友達だ。よろしくなー!」
「ゴホンッ!口が少しばかり悪いぞ物部。あー、他に言いたいことあるか?無ければ授業を始めるが」
「待ってくれよ先生ェ。今考える。……んー、強いて言うなら」
クラスメイトの視線が一点に注がれたその時。
「
教室を揺るがすクラスメイトの阿鼻叫喚。
堂々と突きつけられたギルコの大きなVサイン。
待ってましたと言わんばかりにクツクツと笑うヒナギク。
全てを知る2人の盛大なぶちかましは、見事に大成功を収めた。
あえてそれに意義を唱えるとすれば、ヒナギクの両耳が夕日の如く真っ赤に染まっていることだろう。
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