第28話 最強の人間

 王都 とある酒場



 普段、周りの店から騒音についてクレームが入るほどの賑わいを見せる酒場も、今日は静まり返っていた。


 きっかけはある1人の男の来店。その瞬間こそ盛り上がったものの、ビールがなみなみに注がれたジョッキを叩き割るほど強くテーブルに叩きつけた瞬間、この静寂は生まれた。


 その男は有名人だった。王都では……いや、人類では知らない者はいないと断言できるほどの人物。



 勇者……そう呼ばれる男だった。



 店内ののんべえが注目する中、申し訳なさそうに入店した男女3人が勇者の姿を見てため息を吐き、彼の隣の席に並ぶように腰掛けた。


「勇者様、お怪我は……」


 2人の女が勇者の体を案じ、大きな斧を背負った大柄の男が否定する。


「あるわけなかろう。ガラスの破片程度で勇者の皮膚を穿てるものか」


 女2人はここ数ヶ月の間で新たにパーティに加えた者達だが、この男は違った。


 名をハーベスト・デューク。2メートル近い巨躯に巨大な斧を振り回す、王都では【戦鬼】と呼ばれる達人であった。勇者とは長い付き合いである。


「おい勇者、いい加減不貞腐れるのはやめろ。それでも勇者か!」


「……っせぇよ」


 勇者はギリと奥歯を噛む。力の入った瞬間、袖が捲れて痕になった傷が露出した。それを見たデュークは再びため息を吐く。


「また聖女のことだろう。いつまでもぐちぐちと」


「おいデューク、不敬がすぎるぞ」


「そういう貴様は散漫がすぎるぞ。何だ今日の戦闘は。魔族領では絶えず集中を切らすな。こんなこと酒も呑めぬ年頃に教わるだろう」


「うるせぇって言ってんだよクソが!!」


 勇者は激昂し、その場から立ち去った。


 追いかけようとする女2人の肩をデュークが掴み、首を横に振る。


「今の奴に、貴様らなど映ってはおらん」


 デュークは目を細め、勇者が去った方角を見つめる。


「この国はもう、終わりやもしらんな」





「クソクソクソ、クソ!」


 何だ、何でラティーナは帰ってこない!


 あれから数ヶ月。あいつは死ぬようなタマじゃねぇ。ならなぜ、俺の元に帰ってこない! 俺の前に土下座して、パーティに復帰させるように懇願しない!



 勇者の見立ては外れた。聖女ラティーナは姿を消し、勇者に残ったのは2人合わせて聖女の10分の1ほどの能力しかない女と、口うるさいデューク。そして仕事以外無関心な魔法職の老人だけ。


 彼が掴んだ違和感……誓いの丘付近に魔族が現れなくなった件も、教会側は真実をひた隠ししている。というか、誓いの丘に向かわせたサリーナ・パーマーが頑なに口をつぐんでいるそうだ。


「どうなってんだ、クソ!」


 待てよ、と勇者は立ち止まった。


 ここ最近の違和感とラティーナが消えたタイミングが限りなく近いことに彼は気がついた。


 彼は短絡的であるが馬鹿ではない。その点と点を繋ぎ合わせて、ある一つの仮定を得た。


「誓いの丘に……あいつが?」


 それは確信に近いような推測。こうなった彼は止まらない。


 勇者は聖剣テオ・クライアスを抜いた。


 その剣に映る勇者の顔は、聖女がよく言う「下卑た顔」そのものだった。




 ◆




「ッ!」


「ご主人? どうしたです?」


「……ううん。何でもないわ」


 誓いの丘に暗闇が訪れる夜。私たちは全員で温泉に入っていた。


 いま感じた原因不明の寒気。何だか嫌な予感がする。こういうのって大体当たるのよね。


「なになに? ラティ神妙なおもちじゃん!」


「面持ちね。私におもちはないから。リンやウィンディにはちょうどいいおもちが2個あるけど……」


 普通にセクハラである。しかしリンはピンと来ていない顔をしていた。恥ずかしいから愛想笑いでもいいから笑って欲しい。


「せ、セクハラで、す」


 一方ウィンディは意味がわかったらしく、胸を隠してジッと私を睨んでいる。それはそれでご褒美だから私という人間はどうしようもない。


「ラティーナ、何か予感がした?」


「……よく分かるわね。流石ドラゴン」


 鋭いメルトに観念し、私はいま感じた嫌な予感をみんなに告白する。


「20年戦場に身を置いた経験上、嫌な予感って当たるのよね。で、何となく私に執着するような粘りつく予感を味わったの」


「そ、それってもしかしてあの男なのですか?」


 この中ではウルだけアイツと面識がある。だからウルにはお見通しだったみたいだ。


「そう。あのクソ勇者よ」


 アイツがろくでもないのは今さらだけど、予想を超えたろくでもなさを発揮してくるから怖い。


「そもそも勇者って強いの? ウチよく分かんないんだけど」


「……強いわよ。すっごく」


 アイツは強さだけであの地位を得ている。弱けりゃただのクソゴミ男だからね。あの傍若無人さで敬意を集めているのが何よりの強さの証拠でしょう。


 しかし我が国の軍事担当であるメルトは首を傾げた。


「ラティーナは勇者に過度に怯えている」


「だってアイツは人間界最強なのよ? メルトだって、100%勝てるとは限らない相手よ」


「どんな殺し合いも100%なんてない。でも私より100%強い人間を、私は知っている」


「何ですって!?」


 人間にメルト・勇者より強い奴が!?


 戦鬼ハーベスト・デュークか

 神父ジャック・パーマーか

 神聖大魔導師マテウス・フェルナンデスか。


 候補に挙げられる男は数人いるが、勇者より強いなんて断言はできない。その逆はできるけど。


「いったい誰が……」


 私の問いかける目をメルトはジッと見つめ返してきた。


 そして無表情の彼女にしては珍しく笑って、


「いつか、分かる」


 そう意味深に呟いた。


「その意味が分かる時が来ないといいけど」


 メルトより強い人間に攻め込まれたらここは終わりだからね。


 改めて、危機感を持つ重要性と、部族単位の仲間を増やすことの重要性を思い知った。


 ウルとリン、ウィンディはいつの間にか最強議論に飽きたようで、温泉で水をかけ合い遊んでいる。



 この景色を、守るんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る