第29話 クソ勇者、来丘

「ご主人ご主人ー!」


 朝。ウルがすっごい元気な声で私を起こしに来た。


 ちなみに寝室を一つにしたことでウルの大声は全員の耳をつんざいた。メルトが超不満げな顔で起床する。


「犬、吠えるなら静かにして」


「ウルは犬じゃないです! 吠えてもないです!!」


「はいはい朝から喧嘩しないの。それで? どうしたの、ウル」


 ウルがこんなにもテンションが上がっているなら作物関連だろう。食糧担当になり、より精を込めて農業や狩猟に勤しんでくれている。


「お伝えしたいことがたくさんあるです! まずはお米が実ったです!」


「本当!? ついにね!」


 流石にこれはビッグニュースだった。


 メルトが仕入れてくれた米は底をつき、最近は小麦に頼っていた炭水化物だったけどついに自給に成功したわけだ。


 急いで着替えて、農耕地に出ると一面稲穂色に染まっていた。


「すごい……これなら何ヶ月分もあるわね」


 現状、誓いの国は5人しかいない。大食いな人もいないし、一回の農業分で数ヶ月は持ちそうだ。


「早速後で収穫して食べてみて欲しいのです!」


「うん! ありがとうウル」


「えへへ……」


 ウルの頭をわしゃわしゃ撫でてあげる。こうするとウルは尻尾をブンブンと振り、ご機嫌な様子がありありと伝わってくる。可愛い。


「えっとえっと、まだお伝えしたいことがあるです!」


「盛りだくさんね。何かしら?」


「渡り鳥がたくさん飛んでいたので狩って捌いたですが、なんかお腹に変なものが入ってる鳥がいたです!」


「変なもの? やだ、虫じゃないでしょうね」


 あんまり見たくないわよそういう系は。


「違うですよ? 黒くて四角くて硬い、変なやつです」


 私はウルからその変な黒くて四角いやつを受け取った。


「何これ。私も知らないわ」


 縦7センチ、横4センチくらいの黒い長方形の塊で、人工物であることは確かだった。


 でも何のためのものなのか、さっぱり分からない。似たものすら見たことがなかった。


「そ、それ……貸してくださ、い」


「ウィンディ、何か分かるの?」


「い、いえ。ただおかしいな、と」


 ウィンディは魔法研究者だ。彼女が違和感を抱いたのなら、必聴である。


 素直にウィンディに手渡すと、彼女は黒い塊をあらゆる方向から見ていた。


「何か分かった?」


「な、何も分かりません。ただ……これ魔力がゼロなんで、す」


「魔力がゼロ?」



「どんな物質にも魔力が宿ります。大小ありますが、どんなに小さくても観測はできるんです。ただ、この塊には微弱な魔力すら感じませんでした。そんな物体、初めてで……」



 また研究のことで熱くなったウィンディは饒舌になった。それに気がついたのか、みるみる顔を赤くしてうずくまってしまった。


「謎な物質ってことよね。誓いの丘にポイっと捨てるのも怖いし、ウィンディに預けるわ。研究して正体を突き詰めてくれる?」


「は、はい。もちろんで、す」


 この時の私はまさかこれが重大なものなんて思いもしなかった。まぁ魔力ない物質くらいあるでしょ。そう軽く捉えていた。


 それよりまずは目の前に広がる食料だ!


「リン、今日はご馳走をお願い!」


「はーい! 任せなって!」


 リンの作るお味噌汁、ホカホカのご飯、鶏肉!


 あ〜、想像しただけでたまらないわ。



 その後ウルとメルトと私でお米を収穫。魔法で脱穀やら何やらして、白米にした。


 後はリンに任せて、ソファでお昼寝でもしようかしら。


 と思っていた、その瞬間だった。


「ッ!」


「ラティーナ?」


 いつも私の異変に1番に気がつくのはメルトだ。


 リンは料理の下準備、ウィンディは机で研究、ウルは疲れて昼寝している。



 小さく呟けばバレないわね。


「……侵入者よ」


「ラティーナ、どうする?」


 前回サリーナ・パーマーが来た時、対応は私がした。でも途中でウル・メルト・リンが来て一触即発になったっけ。


 でも、それでも今の私は……


「みんな聞いてほしい!」


 突然大声を出した私にリンは目を丸くし、ウィンディはビクッと体を跳ねさせ、ウルはぎゃっと飛び起きた。


「誓いの丘に侵入者よ。方角的にたぶん人間だわ。だから私とメルトの2人で対処するわ」


「そ、そんな! ウルだって戦うです!」


「リンとウィンディは戦闘向きじゃないから、ウルが2人を護ってあげて。これも大事な任務よ……」


「でも……」


 ウルは耳と尻尾を垂らした。そんな彼女の頭に手を置いて、できるだけ全力で笑ってみせる。


「大丈夫よ。私とメルトが簡単にやられるものですか」


 ウルは涙ぐむ目をファー付きのパーカーで擦り、強い瞳を向けてくれた。


「分かったのです。ウルにリンとウィンディを任せてほしいのです」


「うん、任せたわよ」


 私はメルトに目配せして、我が家から飛び出した。


 なるべく家に近づけさせたくない。私もメルトも滑空魔法で丘を下って、侵入者の対処に向かう。



 お願い……どうかあのクソ勇者じゃありませんように!



 そう願って着地した先、その瞬間に地面が捲れるような大爆発が起きた。


「くっ……! 【 Holy Armor 】」


 聖なる鎧を身にまとい、爆発をやり過ごす。衝撃で筋肉が痛むけど我慢だ。


「メルト、無事?」


「当然」


 爆風で姿は見えないがメルトは無事なようだ。よかった。


「こんな魔法を使う奴なんて1人しかいない。さぁ出てきなさいよ……クソ勇者!」


 地面設置の爆破魔法、【 Landmine 】。それをこんな大規模で扱える奴、勇者しかいない。


 爆風が去り、丘に平穏が戻ってくる。


 その先、目を細める男が立っていた。



「よう、ラティーナ」


「久しぶりね、クソ勇者」



 その姿を瞳に映した私は背中に冷や汗をかいた。


 やはりこの男は存在感が違う。どうやら単騎で来たらしいが、それだけが救いだ。


「何しに来たか、聞いてもいいかしら」


「聞くまでもねぇだろ。……天罰だ!」


 勇者は聖剣テオ・クライアスを抜いた。


 戦いが始まる。


 戦わなくていいように。スローライフを送れるように。みんなと笑顔で過ごせるように。


 避けては通れなかった。不可避の戦いが、始まる。




◆あとがき◆

ここから2話、スローライフには過ぎたバトルが始まります。


作風・展開的にどうするか悩みましたがラティーナが勇者の呪縛から逃れ、楽園を真に楽しむために避けては通れないバトルと判断しました。


2話分、百合は薄まってしまいますがお付き合いいただけると幸いです。バトルが終わったら嘘のように百合になります(?)

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