第6話 王都へ:前編
清らかな水が溢れんばかりに噴き出し、小さな虹を描かせる噴水。
活気に溢れ、戦争中であることを忘れてしまうようなマーケット。
舗装され、荷車を引く馬も軽快に蹄を高鳴らせる道。
ここが大陸で最も最先端な都市で、今もなお進化の途中にある人類史の生き証人でもある……王都だ!
「ふわぁぁぁぁ!」
ウルはケバブを焼く出店や、果物が山積みに置かれる八百屋に目を輝かせていた。
私には当たり前の景色も、この子にとっては生まれて初めてのもの。人間と魔族、交わるはずのない種族がついに交わった。実は歴史的な瞬間でもあるのだ。
「ほらウル、大通りでボーッとしてると馬車に轢かれるわよ」
「馬! 馬が物を運んでいるのです!」
「ウルのところでは馬はどう使っていたの?」
「騎馬隊なのです! 名前を貰ったエリート兵士が乗っていたのです」
「なるほどね」
ウルの種族「灰狼族」は、名前を貰って1人前という慣例があったという。
そして灰狼族の女性は、名前を与えた人物と婚約する……と。
それを知らずに私がウルの名付け親になってしまった。それが今のややこしい状況を招いている。
しかも伝説上の存在だと思っていたドラゴンにも求婚されてしまった。まぁ、あのドラゴン娘……メルトは基本、大陸から離れた竜の巣で生活するらしいから、会う機会は少ないんだけど。
あのクソ勇者にクビにされ、王都から離れての数日はまるで高熱の時に見る変な夢のようだった。
でも、こうして王都に戻ってくると現実を思い出す。
すれ違うたび、私を見てヒソヒソと話す人々。
かつては拝んでいたくせに、今は困惑の眼差しを向けるシスターたち。
あのクソ勇者、何か私のデタラメを吹いて回ったわね。
「ご主人? どうしたのです?」
「……何でもないわ。さっさと食材を買って帰りましょう」
「すぐ帰っちゃうですか?」
「え?」
ウルの言葉は私の意表をついた。
だって、王都に着くまでウルは人間の街を嫌がっていたからだ。
それなのに、ウルは今辺りを見渡し目を輝かせている。
「ここは美味しい匂いがするのです。だから、その……」
「はぁ、分かったわよ。買い物の前に何か食べていきましょうか」
「!!」
ウルはパァと顔を明るくさせ、そして……
「ご主人ー!」
「きゃっ、ちょっと! 抱きつかないでよ!」
「ご主人ご主人ご主人ー!」
灰狼族なりのマーキングなのか、私の胸に顔をすりすりと擦りつけてきた。
往来で恥ずかしい……けど可愛いウルが密着して悪くないと思っている自分がいる。その証拠に強く拒めていない。情けない……。
男臭い戦場で生きてきたからか、私は可愛い女の子に弱いのだと最近知った。ウルといいメルトといい、女同士の婚約なんて意味分からんと切り捨てれば良いものを、私は悪くねぇなと思ってしまっている。
ただ無限に視線を集めると「悪くねぇな」より「恥ずかしいな」が勝るので、ほどほどでウルを引き剥がした。
「さ、レストランに行くわよ」
「はいなのです!」
行きつけのレストラン、『星屑紡ぎのキッチン』は昼時は混雑するけど、ピークを過ぎれば客はまばらになる。
ちょうどよく昼時のピークを過ぎた時間だったので、待つことなく席に案内された。
「ご注文は?」
「サーモンのムニエルとサラダ、それから季節のスープと、デザートにチーズケーキをお願い」
私の慣れた注文にウルは目を丸くしていた。
「詠唱みたいなのです」
「ここには何度も足を運ばせたからね」
もちろん一人で。こんな良い店にクソ勇者と来る理由なんてない。
注文から十数分で、デザート以外の料理がテーブルに並べられた。ただその料理を運んできたのがウェイトレスでなく料理長であったことに、私はただならぬ気配を感じていた。
「……いいわウル。先に食べてて」
「いただきます!」
ウルは我慢できないとばかりに料理に手をつけた。
その隙にカトラリーをイジるフリをして私の側に留まる料理長に問いかける。
「何かあったようね」
「聖女様、実は貴女が勇者殿の暗殺未遂を計ったのではないかと数日前より街で噂に……」
「なるほど、そうだったのね」
噂の出所は間違いなくクソ勇者だろう。
「もちろん僕は信じていません。ただ勇者殿はここ数日、別の女性たちを引き連れているとのこと。何があったのですか?」
「私のバフが必要ないからと、あいつにクビにされただけよ。今の私は無職ってこと」
「なんと……!」
視界の端に映る料理長は目を見開いていた。
「私はしばらく王都から離れるわ。私の噂を払拭しようなどと思わなくていいから、貴方は変わらず街の人に美味しい料理を振る舞ってあげて」
「……かしこまりました。聖女様に神のご加護があらんことを」
ふぅ、こうして良くしてくれて、心配までしてくれる人がいる。プチ復讐なんてする気が失せるわね。
「ご主人これ! これ美味しいのです!」
「でしょう? 私もお気に入りよ」
ウルはそんなこと知る由もない向日葵の笑顔だった。
……嫌な思いをする前に帰りましょうか。
食事を終え、あとは買い物だけして帰ろうと油断した時。
その緩みが、仇となった。
「よぉラティーナ」
「ッ!」
服に虫が入り込んだような、強烈な不快感を与える声色。
「……クソ勇者」
「へっ!」
勇者が例の女を2人連れ、私の前に現れた。相変わらず、下卑た笑顔が上手いこと。
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