第7話 王都へ:後編

 クソ勇者のゲスな顔を見たウルは、すぐに私の後ろに隠れた。


「よぉラティーナ」


「……数日ぶりね、勇者。元気してた?」


 私はあくまで普通に対応する。そっちが仕掛けてくるまで煽る気も攻撃する気もない。


「お前はクソガキ連れて聖女ごっこか? 惨めなことだな」


 クソ勇者は視線を落とし、私の後ろに隠れたウルを睨んだ。


「だ、誰がクソガキですか!」


「あ? 躾がなってねぇぞラティーナ」


「ウル、我慢して。こいつと喧嘩したら面倒だから」


 ウルは分かりやすくシュンとした。パーカーで隠れているけど、耳が折り畳まれたのが見えた気がした。


「そっちこそ、頬に切り傷があるわよ。ロクなバフもかけてもらってないのね」


 少しだけカウンターだ。これくらい、私とコイツの間柄ではよくある会話だった。


 だけど……



「……チッ」



 クソ勇者は心底機嫌の悪そうに舌打ちをし、後ろに控えさせていた女2人を睨んだ。


 まぁ、理由は分かる。私の代わりだという女2人が、単に実力不足なだけだろう。


 バフ魔法の使用者は貴重だ。だけど、限られたバフ魔法の使用者の中に、私に匹敵する人間は片手で数えられるほど。


 つまりいないのだ。クソ勇者が好む、若くて見た目も良くサービスもしてくれる女で、優秀なバフ使いなど。



 そんなクソ勇者は歯を食いしばり、作った笑顔を向けてきた。


「ラティーナ、この前の非礼を詫びろ。俺は寛大な心でお前を許し、パーティに戻してやる」


「何ですって?」


 瞬間、私の中のマグマが噴火寸前まで猛り始めた。


「そんなクソガキ連れて何ができる? 俺を失い、住居も無くなったお前に何ができる? 意地を張るなよラティーナ。俺の元に帰ってこい」


「ご主人……?」


 ウルは震えた声で私を呼ぶ。



 プツン  と、何かが頭の中で切れた気がした。



「バッッッッカじゃないの!? 非礼を詫びる? 詫びるのはそっちよクソ勇者。クソみたいな下心で私をクビにし、ありもしない悪評を街に流しておいて、よくもそんなことが言えたわね!」


「ら、ラティーナ……?」


「のたれ死ねクソ勇者! 私は私の楽園を作る! お前と組まされた数年間……耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてきた! でももう我慢の限界! 私を愛し、私も愛せる人と一緒に暮らすの! そこにお前の居場所は1ミリもないっての!!」


「ぐっ……このっ!」


「帰るわよウル。食材はまた今度よ」


「は、はいなのです……」



 私はクソ勇者に言いたいことをすべてぶち撒け王都から去った。


 再びここへ足を運べるのはいつになるだろう。しばらく……もしかしたら一生無理なのかも。


 そんな薄ら暗い感情になりながらも、不思議と涙は出てこなかった。




『私は私の楽園を作る』




 壮大な夢だ。子どもじみた夢なのも理解してる。


 でも……



「叶えたい。絶対に!」


 自分の人生を取り返すんだ。




「ご主人、あいつは何なのです!?」


 誓いの丘に建てた家が見えてきた頃、ウルが爆発するよう叫んだ。


「あれが人間の勇者よ。聞いたことない?」


「人間の勇者!? あの『魔族殺しの悪魔』ですか!?」


「あぁ、そっちではそう呼ばれているのね」


 的を得てはいる。あいつは救世主でもなんでもない。悪魔の方がまだしっくりくる。


「あわわわわっ……」


 ウルは怯えるように震えていた。そんな彼女を安心させるため、ぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫よ。アイツは実力だけは本物だけど、それを扱う精神が未熟だから」


「ご主人……温かいのです」


 ウルは強く抱き返してきた。


「あ、もう。苦しいわよウル〜」



「じぃ〜〜〜〜」



 純白の視線が1つ。



「きゃあっ!?」

「うぎゃー!?」


 私の悲鳴に反応して、ウルも悲鳴を上げた。


「め、メルト! 突然現れないでよ、びっくりするじゃない!」


 私たちの側に純白のドラゴン少女、メルトが立っていた。


 い、いつの間に……というか……


「貴女、巣に帰ったんじゃなかったの?」


「私たちは婚約してる。毎日顔を合わせるのは自然」


「うーん……」


 そうなんだけど、そうじゃない。どこから正せばいいのやら。


 そんなメルトに対して、ウルはフードを抜いて毛を逆立てた。


「何するですか! 今いい雰囲気だったのに! です!」


「だから邪魔した。婚約者を差し置いて悪い犬とイチャイチャしてるのは許せない」


「誰が犬ですかー!」


 相変わらずこの2人は犬猿の仲改め、狼龍の仲のようだ。


「ラティーナ、これあげる」


「え?」


 メルトは自身の鱗を一枚剥ぎ取り、魔法をかけるとそれが色とりどりの食材になった。


「何それ! どんな魔法よ!?」


「鱗に収納できる魔法。食べ物が少ないって言ってたから、買ってきてあげた」


「メルト……」


 そういう気遣いできるのね。ちょっと舐めてたわごめんなさい。


「ありがとうメルト、じゃあ苦手な料理も頑張るから、今日はご馳走にしましょうか!」


「わーい! やったーなのです!」


「ラティーナの手料理……ふふ」


 私たちは団欒ムードの中、誓いの丘に建てた家に帰った。


 ウルも私も、クソ勇者の話なんて出さなかった。それくらい、安心できる場所になったってことかな?

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