第2話 灰狼族の女の子
「これでよし、と」
私はラティーナ・マーシャル。
元勇者パーティの聖女で、クズ勇者に追い出され現在は無職。
王都近郊の誓いの丘に新居を構え、いざ第2の人生スタート! って時に……
「狼の魔族よね、この子……」
魔族の女の子を拾った。
少女の歳は13歳か14歳くらいに見える。
可愛らしい顔立ちに、灰色の耳と鋭い爪、そして牙も確認できた。
間違いなく魔族だ。脇腹に深傷を負って大量出血していたので、大急ぎで治癒魔法で治療後、濡れタオルで身体を拭いてあげて、今はベッドに寝かせている。
あーあ、お気に入りのタオルが血で汚れちゃったなぁ。まぁいいけど。
聖女たる私の治癒魔法を施したのだから命に別状はないと断言できる。ただ……
「いいのかな。魔族を治療するだなんて」
繰り返すが私は聖女だ。人間の聖女。それすなわち魔族は敵だ。
大陸を二分する人類と魔族。
ある意味で人類代表のような聖女が魔族を助けるだなんて……
「まっ、いっか!」
新居でこんな年端もいかない女の子が死んでたら
何より私は無職の聖女。もう人類に媚びへつらって生きる必要なんてないんだから! 好きに自由に生きると決めたじゃない。
「良いことしたら気分がいいわね〜。お昼寝でもしようかしら」
そこそこに魔力を使って眠たくなってきた。
ベッドは1つ使われてしまったが、天才の私は寝室を3つも作っていた。あー天才。天才すぎて笑いが止まらないっちゅうねん。
「おやすみーー」
人(?)助けをした後に寝るなんて、いい夢見られそうね。
……これは夢? なんだか首元が苦しいような。
冗談でしょ? 魔族を助けたのに悪夢を見るの? 魔族を助けたからか? ……まぁ深く考えるのはやめよう。
それに何だこの緊張感は。まるで鋭い何かが私の喉元に突き付けられているような……
「ハッ!!!!」
歴戦の勘か、聖女としての徳か。
夢の世界より帰還した私の喉元には、今にも突き刺さらんとする鋭くて太いナイフが突き付けられていた。
「ふ、【 Freeze 】」
「なっ!?」
間一髪、魔法で相手の動きを封じることができた。
カチコチに固まった犯人は瞳孔を大きくさせ混乱していた。
「な、何なのです!?」
「こっちのセリフよ!」
私を殺そうとした少女は驚愕の声をあげた。
その少女の頭には灰色の尖った耳が生えており、服はフード付きのパーカー。ちゃんと耳が出るように切り込みが入れられていた。
そう、私は助けた魔族の女の子に殺されかけたのだ。
「あんたねぇ、命を助けた相手を殺す? それが魔族の礼儀なの?」
「嘘なのです! お前は私を襲った人間なのです! 人間が私を助けるわけがないのです!」
「それは……確かに」
昨日までの私なら見捨てていた、もしくはとどめを刺していただろう。少女の言い分はもっともだった。
「でも私があんたを助けたのは事実よ。お気に入りのタオルまで使ってあげたのに……」
「タオル?」
少女は空中で固まりながらも、鼻をピクッとわずかに動かした。そして次の瞬間、瞳孔がカッと開く。
「お前、あのタオルと同じ匂いがするのです」
「持ち主だから当然でしょ? それで、まだ私があんたを襲った犯人だと疑う?」
少女は力なく両手をぶらんと下げた。
「ほんっとーーーーに、申し訳ないのです」
「もういいから! 土下座はやめて!」
年端もいかぬ少女は床に頭を付け、綺麗な土下座を披露した。
私は土下座をやめるようお願いしたが、少女は頑なに土下座を続ける。
「命の恩人にナイフを向けるなど
「あぁ待て待て! 待てこの!」
どんどん言葉がエスカレートする少女にキレて、私は灰色のフードを掴み強制的に土下座を解除させた。
持ち上げた少女は野生味を感じつつも幼く可愛い顔をしていた。
というか……
「はぁ、あんた名前は?」
「名前?」
「あんた、って呼びづらいのよ。だから名前を教えて?」
「私に名前は無いのです」
「えぇ……」
そういえば、魔族は種族によって細かいルールが千差万別だという。
この子は灰狼族と言ってたから、そのルールで名前がないのだろう。
「灰狼族の女は名前を与えられるまで名無しとして生きるのです」
「あっそ。じゃあ……ウル。あんたの名前はウルね」
狼→ウルフ→ウル。
安直だけど、まぁ即興で考えたにしては上出来じゃない?
しかしウルは顔を真っ赤に染めていた。ヤバ、何か魔族的にNGだった!?
「ウル……名前を付けられちゃったのです」
「えっと、灰狼族は誰に名前を与えられるの?」
恐る恐るウルに確認を取ると、ウルは再び顔を真っ赤にした。
そしてモジモジと体を動かし、尻尾を体に巻き付けてこう言った。
「灰狼族は、名前を結婚相手から与えられるのです」
「結婚……ですってぇ!?」
無意識のうちにヤベーことをしてしまった。
よし、取り消そうと意を決したが、ウルは真っ赤な顔のまま言う。
「えっと、不束者なのですがよろしくお願いしますです」
それは、まるで初恋を覚えた少女のような顔だった。
そんな無垢な顔を見た私は、今さら取り消すなんて言えず……。
「あ、あはは……」
とりあえず笑うことしかできなかった。
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