5-2 楽しませる側

『……ということで、こちらがリリアナちゃんルートでした! 本当に正統派なエンディングというか、正規ルートって感じがしますよね。……そうそう。ここからのトールの冒険もプレイしてみたいですよね。ノベライズ版だとちょっとした後日談的なエピソードがあるのでおすすめですよ』


 リリアナルートのエンドロールが流れる中、ルナはムーン先輩と会話をしながら補足を挟む。

 リリアナ推しの望にとって、ここでノベライズ版に触れてくれたのは嬉しいことだった。思わず本棚から『リベルナ』のノベライズ版を取り出し、玲汰に見せびらかす。玲汰は「おおっ」と目を丸くさせていて、こちらとしてもご満悦である。


『さてっ、今までのは本屋ルナの配信としてはおまけ要素。これから私にとってのエンディングを見ていこうと思います』


 エンドロールが終わり、ルナは最新のセーブデータを起動する。

 色とりどりの世界を巡り、たくさんの仲間ができたトール。この状態でも「どの世界で生きるか」を決めることができるが、トールにはまだ一つだけ行けていない異世界があった。


 トールはアマンダ婆から最後の本を受け取る。

 今まで手に取ったどの本よりも装丁そうていがファンシーだ。アマンダ婆も「最後がここになったか」と意味深に笑っていて、トールは不思議に思いつつも本の中の世界へと旅立つ。


 やがて辿り着いたのは――何ともアニマルな世界だった。

 まるで絵本の中にいるかのようなカラフルな風景に、ケモ耳や尻尾が生えた可愛らしい住民。偶然なのか何なのか、大人の姿は見当たらなかった。子供しかいない世界なのだろうか?


「ここはいったい……」

「うんにゃ、お前は誰だ? 耳と尻尾はどーしたんだ?」

「え、あ……僕はトールって言って、ここではない世界から来て……」

「そーなのか、凄いなお前! あたいはノラ。猫族のノラってんだ、よろしくな!」


 立ち尽くすトールに声をかけてきたのは十歳前後の少女だった。茶色い髪からは猫耳が生え、尻尾もふわふわと柔らかそうだ。


『どうですか、私の推しのノラちゃんは! 天才的に可愛いですよねっ』


 えへへー、とデレデレ笑うルナ。

 既プレイ勢は元から気付いていたが、初見勢にとっては予想外だったようだ。「確かに可愛いけども!」などという突っ込みが飛び交っている。


 そりゃあそうだろう。『リベルナ』配信のラストを飾るエピソードになるのだ。

 もっとシリアスな雰囲気になるかと思いきや、むしろどの異世界よりも可愛さに全振りした空間だった……なんて。驚くのも無理はないと思う。


『この世界は少し変わっていて、戦闘要素がないんですよ。魔物のいない平和な世界で、かくれんぼをしたり、釣りをしたり、木の実を取りに行ったり……。まったりと過ごしながら住民達と仲良くなっていくんです』


 突然やってきたスローライフ。

 望も初めは「これは本当に『リベルナ』なのか」と驚いたものだ。でも魔物に襲われて両親をなくしたトールにとって、こんなにも安心できる世界はなかった。良い言い方をすれば「救い」で、悪い言い方をすれば「現実逃避」。

 どう思うかは自分次第だ。


 そしてトールは――ずっとここにいてはいけないと思った。

 この世界の住民は自由気ままに暮らしている。トールがこの世界にいようがいまいが関係なく、平和な日常が続いていくのだ。


 だったら別の世界へ行って、誰かとともに戦ったり、何かを目指したり。目標のために生きた方が良いのではないか、と。

 そう思い始めた時、ノラから不思議なことを訊ねられる。


「お前はそろそろ寿命なのか?」


 ……と。

 トールは十六歳の少年だ。病気もしていないし、怪我も右目の負傷以外は何ともない。まったくもって健康体だ。


「そうか。お前達はそんなにも長く生きられるんだな」

「それって、どういう」

「あたいらの寿命は十五歳くらいなんだよ。長くても二十歳だな。……やっぱり普通じゃなかったんだな。あたいらの種族が短すぎるんだ」


 今までずっと元気いっぱいだったノラの瞳が陰る。

 今まで目を逸らし続けていた現実に襲われ、動揺しているようだった。


「あたいらが両親と過ごせるのはたった数年なんだ。それが当たり前だと思ってたんだけどなー。あれだろ? 確か……おじいちゃんとおばあちゃん? みたいな存在もいるんだろ。そーいうの全部、本の中の話だと思ってたよ」


 言って、ノラは「にゃはは」と力なく笑う。


「…………」

「ノラ?」

「うんにゃ、何でもないよ。ただまぁ、あれだな。トールの事情はわかった。ここで暮らすのも一つの手だと思うが……。正直、退屈だろ」


 さも当然のことのようにノラは呟く。

 退屈だなんて言葉が彼女の口から出てくること自体、意外だと思った。


「ノラは退屈だと思っているのか?」

「え……。いやいやぁ、何言ってるんだよ。トールにとっては娯楽が少なくてつまらないかもってだけで、別にあたいは……」

「でも、寂しそうな顔をしているけど」

「……っ」


 ノラははっとしたように目を剥く。

 尻尾もピンと伸ばしていて、動揺しているのが丸わかりだ。


「…………あたいにもわからないよ。皆と日が暮れるまで遊んでも、笑い合っても、何か……変な感じになるんだ。心の中に隙間があって、何をしても埋められないっていうか……。わ、わかってくれるか?」


 まるで助けを求めるような視線だな、とトールは思った。

 きっと彼女は無意識のうちに色んなものを諦めてしまっているのだろう。だったらとトールは提案する。


「楽しむだけじゃなくて、楽しませる側になってみたらどう?」


 ……と。

 初めはポカンとしていたノラだったが、徐々に瞳が希望を求めるように輝き始める。

 そのままトールはノラの特技を聞く。ノラは少し悩んでから「木登り」と答えた。しかもすべての猫族が得意な訳ではなく、ノラだけが一番高い場所にある木の実を取ることができるらしい。


「サーカス……」


 トールは呟く。

 別の異世界で観たことがあるもので、この世界にはないもの。そして、ノラに向いていそうなもの。……これしかない、と思った。


 ジャグリングだったり、アクロバットだったり、空中ブランコだったり、綱渡りだったり。観る人を楽しませるための芸をすること。それがサーカスだ。

 例え猫族のノラでも、いきなり上手くいくことはないと思う。仲間だって必要だ。だからすぐに返事をするのは難しい――と思っていたのに。



「あたい、それ……やってみたい! 楽しいって気持ちを皆に届けてみたい!」



 こちらが驚くほどの眩しい光を放ちながら、ノラはトールの手を掴んでくる。

 瞬間、トールは気付いてしまった。いつの間にか自分の心までもが満たされているのだと。初めはずっとここにいてはいけないと思っていたはずなのに。


 ノラの「やりたい」に応えること。

 それがトールの生きる意味になってしまった。

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