4-5 自分らしく

 約一週間後の七月十四日。

 ついに体験入学の日がやってきた。


 今日のスケジュールとしては午前十時からそれぞれの学科に分かれて体験授業。午後一時から一時間の自由時間があり、午後二時から真道加奈枝のトークショーが行われる。……といった具合だ。


 当たり前の話だが、午後一時までは美以子と別行動をすることになる。

 緊張なんてまったくしない、と言ったらもちろん嘘になるだろう。新しい環境というものは否が応でもそわそわしてしまうものだ。


「マドカくん、大丈夫?」

「えっ、と……な、何が……」

「顔、強張ってるよ。リラックスリラックス」


 ね? と言いながら美以子は小首を傾げる。

 ライブリリィ・エキスポの時と同じように、美以子とは専門学校の最寄りの駅で待ち合わせていた。先に着いた望はゆったりとしたボーダーTシャツに黒スキニー。望の五分後に到着した美以子は白いブラウスにデニムスカート。

 結果的に集合時間よりも早く顔を合わせてしまい、時間を持て余したのは言うまでもない話だ。


「ご……ごめん。体験入学って初めてだから。ちょっと、緊張して」


 言って、望はぎこちなく笑う。

 望と美以子は今、校庭のベンチに座っている。噴水のある校庭で、二人の通う梨窪高等学校とは比べものにならないくらいの広さを誇っていた。


「私も初めてだよ~。だからマドカくんが一緒で良かった」

「それは……僕も、だけど…………」


 美以子は時々――というよりもかなりの確率で、まっすぐすぎる言葉を放ってくることがある。目の前の緊張と混ざって頭がくらくらしそうだ。


「これから別行動だって思うと、ね」

「だねぇ。寂しい?」

「……ぐぅっ」


 変な声が出た。

 流石に「寂しい?」&顔覗き込みは恋人シチュすぎるのではないだろうか。いやまぁ、恋人シチュとか言っている時点で望も現実逃避をしている訳なのだが。


「…………」

「……あれ」


 おかしい。美以子の頬がほんのりと色付いていっているように見える。

 照れているのはこっちの方のはずなのに。


「あー、はは。ごめんねマドカくん。私も寂しいなぁって思って、それをちょっと誤魔化そうとしたんだけど……何か変な方向性になっちゃった」


 珍しく小声になりながら、美以子は片手でごめんねのポーズをする。

 きっとこの場に玲汰や愛未がいたら「眼福」だとか「ごちそうさまです」だとか、妙な反応をされてしまうのだろう。

 だって今、美以子による「私も寂しいなぁ」攻撃で再びダメージを喰らっているのだから。


「だ、大丈夫だよ。おかげで気が紛れたっていうか……緊張は和らいだ……から」

「そっかそっか。だったら良かったよ~。あっ、そろそろ時間かな? じゃあマドカくん、体験授業が終わったらまたここの噴水前に集合しよっか」


 上ずった声を出しながら、美以子はベンチから立ち上がる。

 そのまま手を振って、そそくさと校舎の中へと入っていってしまった。


「あ……。受付くらいは二人でって思ってたけど。…………これもまた試練か」


 ぽつんと残された望はごく普通のことのように独り言を零す。すると通りかかった女性にチラ見されてしまった。

 そっか、と望は気が付く。


(独り言、気を付けなきゃな)


 ちゃんと心の中で呟きながら、望は肝に銘じていた。



 ゲームグラフィック・キャラクターデザイン専攻を体験するのは望含めて十五人だった。男女率は男性が若干多いくらいだろうか? 同年代の人がほとんどで、皆が皆、どこか緊張感が滲んでいた。

 そうか、緊張しているのは自分だけじゃないのか――と思うと、望の中にあったそわそわ感も少しずつ薄れていった。


 講師の紹介や実際の授業のカリキュラムの説明があってから、実習が始まる。

 まず望達に与えられた課題はデッサンだった。最初に自分の左手を描くことで準備体操をする。次に鉛筆やリンゴなど、初心者向けのシンプルなものをデッサンすることになった。

 デッサンといえばこれ、というイメージが強かったリンゴを選び、望は黙々と描いていく。


(楽しい……)


 イラストもそうだし動画編集もそうだが、望は一つのことに集中するのが好きな人間だ。自分なりに上手くできたら満足感に包まれるし、誰かから「好き」や「面白い」を伝えられたら嬉しくてたまらなくなってもっと頑張ろうと思える。


 デッサンは初めてで、少しばかりバランスがおかしくなってしまった。悔しくて新しく描き直すとちょっとはマシになったような気がする。

 作品を見て回っていた講師からも「お、だいぶ良くなりましたね」と言われ、望は心の中でガッツポーズをしていた。


 デッサンのあとは3DCGだ。

 これまた初挑戦だが、望はどちらかと言うとアナログよりもデジタルに慣れている。意外とすんなりコツを掴むことができて、出された課題もすぐにクリアできた。


(……良いのかもな、これ)


 望は思う。

 今回の体験入学は様々な偶然が重ならなければ参加していなかったのだと。


 美以子と出会って、『隠れた名作再生プロジェクト』を知って、本屋ルナに協力して、ゲームや動画編集、イラストの楽しさを再認識して。

 そして、『リベルナ』のアマンダ婆役の真道加奈枝がゲストに来るからというきっかけがあって、望は今ここにいる。美以子という味方がいるのも大きくて、自分は色んなものの力を借りているのだと自覚した。


 本当は不安だったのだ。

 今回の『隠れた名作再生プロジェクト』が終わったら、また何の変哲もない宿見望に戻ってしまうのではないかと。


 でも違った。

 自分は自分らしく、ちゃんと前を向いて歩いている。

 だって、この瞬間でさえも大きな一歩を踏み出しているのだから。

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