4-6 逸らしたくない光
午後一時。
ゲームグラフィック・キャラクターデザイン専攻の体験が終わり、望は先ほどのベンチまで戻ってきた。
今日は昼食も母親が持たせてくれた弁当だ。鶏そぼろ丼にタコさんウインナーに卵焼きと、いつもよりも手作りのおかずが多い気がする。
思えば「体験入学に行ってみたい」と両親に伝えた時も少しは緊張してしまったし、この弁当は頑張れという合図なのかも知れない。
「……ありがとう、母さん」
なんて、直接言えないようなことを敢えてここで呟いてみる。
すると何故だろう。「ふふっ」という笑い声が頭上から降ってきたような気がした。
「あ……。お、おかえり。胡桃沢さん」
「うん、ただいま。今日もお弁当なんだねぇ」
まるで微笑ましいものでも見るように美以子は目を細める。素直に恥ずかしい。望は目をあっちこっちに動かすというあからさまな行為をしてしまった。
「私もお弁当作ってくれば良かったなー……」
「……胡桃沢さん、料理はあまりしないって言ってたような」
話を逸らすように望は訊ねる。
「別にメシマズ系って訳じゃないんだよ? 作る機会がないってだけで、卵焼きとかだったら大丈夫だと思う」
「…………」
「あれ、マドカくん? もしかして疑ってるのかなぁ……なんて」
「いや……。いつか機会があったら、その…………。おかず交換とかできたら良いな、と」
言って、望は即座に目を逸らす。
おかず交換。自分で言っておいて何だが、リア充オーラが半端じゃないワードだ。少なくとも今までの望には縁のなかった言葉である。
でも、そんな青春に手を伸ばしたくなった。
ぼっちだから、コミュ障だからと言い訳を並べるのは嫌なのだと。今の望ははっきりと思う。
「私で良いの?」
「もちろん、だよ。……ほ、ほら、玲汰くんは料理レベルが高すぎる……から。まずは二人でやってみよう。……あ、えっと。やってみたいと思うんだけど、どうかな?」
恐る恐る望は訊ねる。
青春だ何だと言いながら、結局二人きりでの誘いになってしまった。玲汰に申し訳ない気持ち半分、「よくやった」と満面の笑みを浮かべて来そうな予感半分。何だか不思議な感覚に包まれた。
「もう。マドカくん、やってみようって言い切っちゃえば良いのに」
美以子は口元に手を添えて笑う。
「じゃあ今度、おかず交換しようね」
「……うん」
「ん、そうしよう~。……あ、そうだ。さっきの体験授業はどうだった?」
コンビニで買ってきたらしい惣菜パンを取り出しながら、美以子は話題を変える。
まずは望から話をした。純粋に楽しかったこと。もう一度同じ専攻を体験して、ちゃんと進路の一つとして考えたいこと。
……と、ここまで話してみてふと気が付く。まるで親に伝えるような内容だな、と。
「いやいやぁ、全然真面目すぎるなんて思ってないよ。大事な進路なんだもん。……私も楽しかったよ。アフレコ体験はものっすごーく緊張したけど!」
「確か、声優専攻は真道さんが特別講師だった……んだよね?」
「そう。そうなんだよおぉ……。真道さんに直接指導してもらってね、もう……心臓バクバクだったよ」
いつもに増して高い美以子のテンション。
そりゃあそうだろう。初めてのアフレコ体験も、本物の真道加奈枝に会うことも、どちらも緊張する出来事だ。
そこに特別講師として指導してもらうという、普通に生きていたらありえない経験がプラスされようものならキャパオーバー待ったなしだろう。
「もうね、凄かったんだよ。真道さんがブースに入ってきた時の皆が息を呑む感じとか、真道さんが一言喋る度に『わあぁ』っていう皆の心の声が聞こえてくるの。指導も的確でね、私の時も『凄く良くなった』って褒めてくれたんだぁ……」
先ほどの授業を振り返りながら、えへへぇと笑みを零す美以子。
彼女にとってもかけがえのない時間になったのだと微笑ましい気持ちに包まれた。
「あわよくば『リベルナ』の話が聞けたらって思ってたけど……。いやぁ、流石にそんな余裕はなかったよ~」
「そっか。……あ、質問コーナーとかは」
「あったけど、あのピリピリ感でファン目線の質問はできなかったなぁ。もちろんお芝居とかマイクワークとかの話も勉強になったけどね」
少しだけ声色を落ち着かせながら、美以子は優しく微笑む。
「質問コーナー、トークショーの時もあるかな」
「あったら良いよねぇ……。そしたら私、今度こそ『リベルナ』のことを聞いてみようかな」
「僕も…………あ、う……頑張れたら、頑張ってみようかな」
思い切り声が小さくなる。
挙手して発言するのは物凄く勇気のいることだ。今日のような初対面だらけの空間なら尚更。想像したら弱気な自分がこんにちはしてしまって、一気に情けない姿になってしまう。
「ごめん……」
「謝らなくて良いんだよ。私だっていざとなったら勇気が出ないかも知れないし、だいたいマドカくんには今までたくさん助けられてるんだから。……あっ」
そうなのかな。……なんてネガティブな気持ちになる間もなく、美以子は急に慌てたようにパンを口に入れ始めた。
スマートフォンを確認すると、時刻はトークショーが始まる十分前になっているのに気が付く。そろそろ会場に向かった方が良いだろうと、望も弁当箱を片付ける。
「そろそろ行こっか」
「うん。…………ぁ、っと、胡桃沢さん」
席を立ち、リュックを肩にかける。
そのままトークショーの会場へと向かうのが自然な流れだが、望は何故か美以子を呼び止めてしまった。
「ありがとう。その、一緒に来てくれて」
「え~? お礼の言うのは私の方だと思うけどなぁ。私、ちょっと『隠れた名作再生プロジェクト』にまっすぐすぎたから。良い刺激になったし、私もまたここの体験に来ようって思ったよ。……それに、今からも楽しみなイベントがあるし」
――だからありがとね、マドカくん。
耳元で囁いてから、美以子はすぐに望から離れる。
おかしいなと望は思った。普通だったらドキドキするようなシチュエーションだし、実際に鼓動は速まっているのだと思う。
だけど今の望は、爽やかな笑みを浮かべる美以子から目が離せなかった。
眩しい光を逸らしたいものだと感じない。
むしろ、自分だって同じような光を放っているのだと胸を張ることができる。
こんな自分も存在して良いのだと、望は笑っていた。
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