4-4 一緒に
「……ん」
それは、ある日の放課後のことだった。
望と美以子。誰もいない教室で二人きり。何度目かの配信相談の時間である。
「どうしたのマドカくん。何か良い案、思い付いた……?」
言いながら、美以子は小首を傾げる。
教室の中が茜色に包まれているのも相まって、彼女のオレンジブラウンの髪がキラキラと輝いて見えた。
「……いや、その。これなんだけど」
「あぁ、塩留さん。宣伝広報の人だったよねぇ」
望は今、ライブリリィの宣伝広報である塩留鉄治のSNSのページを開いている。
お笑い芸人からライブリリィへと転職をした鉄治。そのきっかけは『リベルナ』と出会えたおかげでゲーム好きになったからだという。本人が度々口にしている有名な話だ。
だからこそ、トークショーで一切『リベルナ』に触れなかったのにはもやもやとしてしまったのだが。
「『いやぁ、若者の眩しい光を見て「青いねぇ」っておじさんムーブしちゃうの、いい加減どうにかしたいっすわぁ』…………だって」
自分のスマートフォンを見せながら、望は何とも言えない笑みを浮かべる。
「あの、さ、考えすぎかも知れないっていうのは、わかってるんだけど」
「マドカくん」
「……っ」
気付いたら、美以子は思った以上にまっすぐな瞳をこちらに向けていた。
鉄治の投稿は一見すると何てことない呟きだ。単に望が深読みしすぎているだけの話であって、美以子が共感してくれるかどうかはわからない。
そう思っていたのに。
「だったら私も馬鹿みたいなことを言うよ。塩留さんが本屋ルナの『リベルナ』配信を観てくれていて、無謀なのに頑張って青いねぇって思っていたとして。……それをどうにかしたいってことは、少しくらいは私達に希望を抱いてくれたってことなんじゃないのかなぁ」
言って、美以子は照れたように頬を掻く。
「ただの妄想だけどね。でも、これがマドカくんの言いたかったことでしょ?」
「…………よくわかったね」
「わかるよ。ほんの些細なことでも希望に変えて前に進む。これが私達にできることなんじゃないのかなって」
「ほんの些細なことでも……希望に」
望は胸に手を当てながら、美以子の言葉を復唱する。
「……そうだ」
「ん? どうしたのマドカくん。まだ何かあるのかな?」
呟く望の顔を美以子が覗き込む。近い。笑顔が眩しい。
望は咄嗟にスマートフォンの画面に集中した。
「……少し前に広告を見かけて、気になってたんだけど」
「体験入学……? あっ、私ここ知ってるよ。声優専攻もあるから私も興味があったんだよ~」
スマートフォンに映し出されているのは専門学校の体験入学のページだった。
どうやら美以子も知っている学校だったようだ。だったら話が早いと望は安堵の息を吐く。画面をスクロールすると、美以子がまた「あっ」と声を漏らした。
「真道さん! わっ、全然気付いてなかったよ。体験に行くのはプロジェクトが終わって落ち着いてから……って思ってたから。危うくこんな大事なイベントをスルーするところだったよ」
そんな彼女が体験入学の特別講師として登壇するらしい。講師をするのは声優専攻だけのようだが、スペシャルトークショーも開催されるという。
「ありがとうねぇ、マドカくん。私、体験入学に行ってみるよ」
「あ…………う、うん。そう……だね」
「? マドカくん、まだ何か言いたげだねぇ。独り言でも良いから漏らしても良いんだよ?」
「う……。その、独り言は意識して漏れ出るものじゃないから」
ぼそりと呟き、望は思い切り目を逸らす。
自分は高校三年生だ。だけど進路についてまともに考えたことは今までなかった。それなりに勉強はできるし、まぁどうにかなるだろうという気持ちでいたのだ。
でもそれは大学に進学する場合の話。
望は今、絵を描くことが心の底から楽しいと感じている。それに、一つのゲームに情熱を注ぐ本屋ルナに協力しているこの日々もかけがえのないものだ。
だからこそ、望は思う。
もっと専門的な技術を学んで、新しい未来へ向かってみても良いのではないかと。
「…………僕は、絵を描くのが好きなんだって。最近、特に思うんだ」
「それって、もしかして……?」
美以子はスマートフォンに映し出されている「漫画家専攻」を指差す。
確かに漫画家も魅力的な道の一つだ。だけど望は首を横に振り、別の専攻をタップする。
ゲームグラフィック・キャラクターデザイン専攻。
これが今、望が最も惹かれている道の名前だった。
「胡桃沢さん」
「ん、なぁに。マドカくん」
「体験入学、一緒に行きませんか」
高鳴る鼓動に背中を押されるように、望は告げる。
声は震えてしまったし、何故か敬語にもなってしまった。
だけど、どうしてだろうか? 失敗してしまったという気持ちは一ミリもなく、胸には謎の満足感が灯っていた。
「うん。行こっか、一緒に」
「…………」
「マドカくん?」
「や、その……。変に嬉しいっていうか…………はは」
自分の口元が緩み切っている気がして、望は左手で覆い隠す。視線はもちろん右斜め下。最後まで彼女と目を合わせられていたらどれだけ良いだろうと思う。
だけどこれが現実で、自分らしい歩み方だった。
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