2-8 眼福

「そ……そう。そうそう。そうなんだよね、うん。僕は動画編集とか趣味でやってるから、それで協力することになったんだ」

「そうなのか。……でも俺は、本当にゲーム関係はからっきしだぞ。手伝えることは何もないと思うんだが」


 言いながら玲汰は目を伏せる。

 先ほどまでのからかいモードが嘘のように、心から申し訳なさそうな様子だ。


「だから館花くんに声をかけたんだよ~。ね、マドカくん」


 美以子が明るく言い放つ。

 彼女の言う通りだ。玲汰だからこそ力になれることがある。まぁ、もちろん玲汰自身が興味を持ってくれたら、という話ではあるが。


「『リベルナ』を知らなくて、ゲームもそんなにやらないって人の客観的な意見が欲しいんだ…………けど、ど……どう、かな?」


 変にふわふわとした訊き方をしてしまった。情けなくて顔が引きつる。


 でも、


「あぁ、構わないぞ」


 玲汰は即答してくれた。

 あまりにも軽い返事に、むしろこっちの方が驚いてしまう。美以子も目をぱちくりとさせていた。


「館花くんって部活にバイトにって、忙しいイメージがあるけど……本当に大丈夫?」

「問題はないぞ。むしろ断りたくはないって思うんだよ。きっと俺にはこういう無理矢理なきっかけが必要だったんだと思う」


 玲汰の言葉はまるで独り言のようだった。望の気のせいでなければ、その声色からは温かみを感じる。「無理矢理」なんてワードを使いながらも、自ら前へ進んでいるように見えた。


「お前はそのプロジェクトと、胡桃沢……本屋ルナのおかげで前を向くようになったんだろ?」

「え、あ……」


 ちらり、と美以子の様子を確認する。

 目が合うと彼女は小首を傾げてみせた。可愛い。


「そう、だけど」


 恥ずかしい。素直に恥ずかしくてたまらない。

 本人を目の前にして「本屋ルナのおかげで前を向くようになった」なんて、意識すればするほどに顔が熱くなっていく。


「……でもしょうがないでしょ、事実なんだから」

「事実って?」

「いやだから、ルナちゃんっていうか胡桃沢さんのおかげで僕は…………」


 言いかけて、望は慌てて口をつぐむ。

 危ないところだった。……いや、むしろアウトだろうか。

 独り言が漏れ出るこの現象はいい加減どうにかした方が良いのかも知れない。美以子の「事実って?」に対して無意識で返事をしているのも大問題だ。


「なぁ、宿見」

「ぅ、あ……ご、ごめん。何か変な空気にして」

「いや、それは眼福だから構わないんだが」


 眼福って何っ? と突っ込みそうになるのを必死に堪える。

 しかし玲汰の瞳は真剣そのもので、独り言すら漏らす余裕もなかった。


「俺もお前の真似をしてみても良いか。プロジェクトとか、本屋ルナとか。そういう未知なものに触れて、何かを変えるきっかけにしてみたいんだ」


 ――俺はずっと家族のために生きてきた。だから自由に生きろと言われてもどうしたら良いのかわからなかったんだ。


 昨日の玲汰の言葉がよみがえる。

 だけど玲汰はクラスの中でも地味な望に気付いてくれた。絵を描く姿と、些細な表情の変化にはっとして、声をかけてきてくれた。

 わからないで終わらせないために。玲汰は動いてくれている。


「……もちろん大丈夫だよ。合うか合わないかは触れてみないとわからない……と、思うけどさ。でも、興味を持ってくれただけで僕達は充分嬉しいから」


 言いながら、望は美以子を見る。美以子も力強く頷いてくれた。


「そうか」


 玲汰は笑う。

 それはどこまでも清々しくて、まっすぐで、爽やかな笑顔だった。



 ***



 本当に、人生というものは些細なきっかけで変わるものだ。

 ぼっちでコミュ障な人間が美以子と話すようになった。それだけで望にとっては大きすぎる変化だったのに。


 休日。

 何故か望の部屋に玲汰がいる。


「待たせたな。明太クリームパスタだ」


 しかも昼食まで振舞ってくれるというよくわからない展開だ。

 我が家が散らかっているタイプじゃなくて良かった。キッチンも問題なく使えたし、パスタも常備していたから買い物も少しで済んだ。


「あ……り、がとう」


 戸惑いすぎて言葉が詰まる。

 相手はクラスの女子が憧れている(であろう)館花玲汰だ。

 口を開けば変わり者な一面がぽろぽろと出てくるし、今だって「為せば成る」と書かれた謎のTシャツを着ている。もっとスタイリッシュな私服だと思っていたらまさかのネタ系Tシャツの使い手だったなんて。自分は本当に玲汰の上辺しか知らなかったのだと感じる。


 ちなみに望の服装はオーバーサイズのボーダーTシャツにジーンズだ。ファッションには興味がない望だが、今の玲汰よりはマシなのではないかと思ってしまう。


 すると、


「胡桃沢じゃなくてごめんな」


 玲汰が唐突にぶっこんできた。


「えっ、あ、いや……全然そんな、嬉しいよ。ちょっと、その……今更Tシャツに注目しちゃったっていうか、はは……」


 そろそろ玲汰特有のノリにも慣れてきたつもりだったが、いとも簡単に動揺を露わにしてしまった。苦い笑みを零しながら玲汰の様子を窺う。

 ――いや、窺おうとしたと言った方が良いだろうか。望の浮かべた笑みから苦い部分が消えていく。


「ああ、良いだろ? 為せば成る。これは俺が一番好きな言葉なんだ。どんなことでも強い意志をもって頑張れば成し遂げられるって意味だな」


 だって、玲汰の浮かべる表情があまりにも嬉しそうだったのだ。

 どんなことでも強い意志をもって頑張れば成し遂げられる。まさしく『隠れた名作再生プロジェクト』に挑戦する望達に必要な言葉だ。

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