1-4 素直な想い

 望もまたプロジェクトの概要を確認した。


 参加自体は誰でもOK。

 確実に制作陣に届くのはゲーム実況の初回(配信か動画、どちらでも可)が一万再生以上であること。

 ショート動画はNGで、動画は二十分以上であることが条件だ。


 目標の数字に届かなくても制作陣の目に留まって移植・リメイクに繋がることもある。しかし必ずしも移植・リメイクされる訳ではなく、あくまで制作陣に想いを届けることがプロジェクトの目的だ。


 対象ゲームは一度も移植・リメイクがされておらず、発売から十年以上が経ったもの。

 対象の動画配信プラットフォームはYouTube。

 期間は三ヶ月(五月一日~七月三十一日)で、結果は生配信で発表される。


 なお、プロジェクト以前に公開されていた配信、動画での参加はNG。しかし今回のプロジェクトのために二度目の実況をするのは可能だ。


「一万再生か……」


 きっと有名な配信者なら余裕で達成できる数字なのだろう。

 だけど本屋ルナはまだデビューすらしていない個人VTuberだ。なかなかに厳しい数字なのかも知れない。


「マドカくんはどう思う?」

「大変だとは思う。でも…………絶対に無理だって途方に暮れるレベルではないような。……気がするような、しないような」


 弱々しく呟きながら、望はぎこちない笑みを浮かべる。

 達成する訳がない――なんて言い切りたくないなと強く思った。だから目を逸らしたいのを必死に堪えて、彼女の瞳をじっと見つめる。


「でも、応援してくれる人はたくさんいると思うよ。……僕もそうだし」


 最後の言葉だけ声のボリュームが小さくなる。

 望が本屋ルナと出会ったのは今から約三ヶ月前。望が何気なく呟いた「『リベルナ』のリメイクはまだですか?」に、ルナが「私もずっと待ち望んでいるんですよ!」と返信をくれたのがきっかけだった。


 初めはフォロワーとして仲良くなり、単純に『リベルナ』好きな同志が一人増えたような感覚だった。しかしフォロワーとしてだけではなく、VTuberとしても注目していたのだ。


「ルナ……さんが」

「いつも通り、ルナちゃんって呼んで良いんだよ~?」

「う……。ル、ルナちゃんが元々『リベルナ』の配信をしようとしてたのは知ってたし、スピカルとかシチュボとかで魅力的な声だってことも知ってたし、プロジェクト関係なくデビューするのを楽しみにしてたから。…………あぁいや僕だけじゃなくてっ、きっと僕と同じような気持ちの人がたくさんいると思うから!」


 やばい、どうしよう、急に長文のセリフを喋ってしまった。

 妙に必死なのも気持ち悪さに拍車をかけている気がする。恥ずかしくてたまらない。


「ありがとねぇ。わたしゃ嬉しいよぉ」

「どうしておばあちゃん風……?」

「んー、普通に恥ずかしかったんだよねぇ。ちょっと誤魔化しちゃった」


 言って、美以子は湯呑みを両手で持ち、ズズズとほうじ茶を飲む。

 うっとりと目を細めているのも相まって、やっぱりおばあちゃん風だ。きっとこっちは無意識なのだろう。


「でも、本当に……味方はたくさんいると思うから」


 ほんのりと朱色に染まった空気を紛らわすように、望はもう一度本心を述べる。

 美以子もまた小さく咳払いをし、葡萄色の瞳をまっすぐ向けてきた。


「うん、そうだと思うよ。って自分で言うのも変な話だけど。でも、やっぱり『リベルナ』好きの人達と仲良くなりたいって想いは初めからあったからねぇ」


 心の底から嬉しそうに、楽しそうに、美以子は笑う。

 ルナは望とは違い積極的な人だった。趣味の合う人に自分から声をかけていて、望のような仲間がルナの周りに集まっている。ハッシュタグを用いたSNS上の企画にも意欲的に参加して、VTuber同士の交流も盛んに行われている。


 立ち絵もすでに公開済みで、イラストもいくつか発注しているらしい。デビュー日に向けて少しずつ公開されていて、ビジュアル的な魅力も注目ポイントになっているのだ。


 SNSのフォロワー数は約千三百。YouTubeのチャンネル登録者数は約七百。有名な配信者と比べると少なく感じるかも知れないが、企業に所属していない個人VTuberとしてはチャンネル登録者数が百を超えるだけで凄いことだ。

 少なくとも、『リベルナ』を実況する配信者としては一番注目すべき人物だと望も思っていたのだ。


「あ……あの、さ。…………ルナちゃん」


 こくり、と息を呑む。

 胡桃沢さんではなく、ルナちゃん。

 今だけは美以子の奥にいる本屋ルナに向けて言葉を紡ぎたかった。


「こんなチャンス、もうないと思うんだ。だから……ルナちゃんのこと、応援してるし……僕にできることだったら、何でもしたいって思う」


 声が震える。

 意味がわからないくらい心臓がバクバクだ。

 吐きそうで、俯きそうで、逃げ出しそうで――でも駄目だって心が叫んで、目が回って。



「移植とか、リメイクとか……一緒に叶えよう」



 ここでうっすらと微笑んだり、手を差し伸べたり。そんな格好良い言動ができたらどれだけ良いだろうと思う。

 だけど今の自分には素直な想いを伝えるのが精一杯だった。

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